第16話 『共に・・・』
ここまでで、第一部完です。
つたない文章で、読みづらかったらと思うと、申し訳なさでいっぱいです。
それでも、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
「スイエンにって・・・、私とステラが中央に住むってこと?」
ヨルにとって、この誘いは予想外だった。
自分が利用されるかもしれないなど、考えもしなかったからだ。
自分の利用価値など、無いに等しいとさえ感じていた。
「ヨル、ヨルは自分の価値を考えた事があるか?俺達からしたら、ヨルは優しい娘だと知っているから、どんなに強い力を持っていても怖くはない。それに、人を傷つける力はヨルが傷つくから使わせたくない。だけど、ヨルの力だけしか知らない人から見たら?力を恐怖する人、その力を利用して戦争を起こそうとする人、・・・そんな人間も確かにこの世にはいるんだ。だから、俺と一緒にスイエンに来てくれると助かる。その方がヨルを護れるし、何より『俺が』ヨルを護りたいから」
グレンの一言一言に、耳を澄ますように聞き入っていた。
ヨルの為、ヨルを護りたい・・・その響きはヨルにとって、魔法のような言葉だった。
いつも、グレンの言葉だけは簡単にヨルの心の壁を乗り越えてしまう。
(どうして、・・・どうしてこの人の言葉はこんなに切なく胸に響くんだろう)
お母さんの言葉は、暖かくて優しい言葉だった。
でも、グレンの言葉は、切なくて涙が出そうになる。
ヨルは、グレンの言葉にどう答えるか正直困惑していた。
今まで、自分の容姿を気にして、人が多いところは避けてきた。
いくら言われ慣れていても、心無い言葉に傷つかないわけではない。
(でも・・・、でもグレンは護ってくれるって言ってくれた。私、信じてみてもいいかな・・・)
ヨルは、椅子の上で目を瞑っているステラに視線を据えて、心で語りかけた。
≪ステラ、グレンを信じて、スイエンに行ってもいい?≫
ステラは目を開け、椅子の上でお座りした状態でヨルの瞳を覗き込んだ。
傍から見れば、ヨルとステラが無言で見つめ合っている不思議な状態だが、誰も口を挟むことはなかった。ヨルの事は、ヨルが決めなくてはいけないからだ。
≪私は、ヨルには人の中で生きて欲しい。だってあなたは『人』なのだから。人として幸せになってもらいたい。もちろん、その横には私が居なくちゃ駄目だけどね。だから、ヨルがスイエンに行きたいなら行けばいい。ヨルは自由に生きればいいの≫
≪あはは、ステラってばいつも私を甘やかしすぎ(笑)。でも、ありがとう。人と接する事を怖がってばかりじゃいけないね。私、もっともっと堂々と自由に生きてみたい≫
ヨルは、ジッと待っていてくれていたグレンに体を向けた。
「はい。私、中央に行きます。でも、中央に住むってどうすればいいの?」
グレンはヨルの返事に、正直ホッとした。
もし断られれば、どうやって説得するかを考えなければいけなかった。
「住む場所も、今後のヨルの待遇も、決して悪いようにはしない。ただ今後は、魔法使いとして王城に勤務することになると思う。もちろん、ヨルが嫌なら無理強いはしない。」
「ううん。ただそこに居ればいいって言われるよりずっといい。私にも仕事があるなら嬉しいよ。でも王城って、王様が居るところだよね?私がそんなところで働いていいの?」
ヨルの不安は、ヨルの18年間を思えば仕方のない事かもしれない。
少しずつ、人と触れ合い、受け入れてくれる人が居ることを知っていった。
それでも、全ての人が受け入れてくれるわけじゃない事も知っている。
神聖な、それも選ばれた人しか入れない王城に、自分が勤めていいのだろうか?という不安は、ヨルにとって至極当然のものだった。
グレンは、ヨルの不安を拭うように優しく頭を撫でながら、ヨルの欲しい言葉をくれた。
「ヨルは偉大な魔法使いだ。胸を張り、堂々していればいい。ヨルは、ヨルらしくいれば何も問題なしだ。」
シアンもミズトも、グレンの言葉に同意するように、大きく頷いていた。
ステラは、またウィンクなどして見せている。
まだ完全に不安が拭えたわけではない。だけど、護ってくれる人が、人達がいる。
「うん。私は、私らしく生きていたい。グレン、よろしくお願いします。」
ヨルは、大輪の花のように美しく微笑んだ。
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今は昔、忘れられた神々の時代
夜と闇を司る、運命の女神『エカトゥリュシカ』は、1人の人間に恋をした。
灼熱を纏ったような、鮮烈な魂の輝きを持つ人間。
エカトゥリュシカは、その人間に夢中だった。
その人間を愛するあまり、『人』になりたいと思うほどに焦がれていた。
人間の男もまた、女神を深く深く愛していた。
面白くなかったのは、昼と光を司る、導きの男神『サクトゥリュース』。
永遠に共にいるはずの片割れを、人間に取られると思い込んだ。
それは、いつから始まったのか、誰が始めたのか、誰も知らない。
いつしか人と神は、争うことを選んだ。
人の味方をしたのは、運命の女神『エカトゥリュシカ』と、彼女を護る『金の盾』。
神の軍を率いるのは、導きの男神『サクトゥリュース』と、彼を護る『銀の盾』。
全てを飲み込む最強の『剣』と、闇を切り裂く唯一無二の『剣』が何度も交わった。
何度も、何度も剣が交わり、終りが見えぬ戦いが何日も何日も続いた頃、サクトゥリュースの一瞬の隙をエカトゥリュシカは見逃さなかった。
全てを飲み込む最強の剣で、サクトゥリュースの胸を貫いた・・・はずだった。
しかし、エカトゥリュシカの剣が貫いたのは、己の愛する人間だった。
まさに、サクトゥリュースの胸を貫くその瞬間に、2人の間に割り込んだのだ。
女神の片割れを、女神自身の手で討たせたくなかった。優しい彼女は必ず後悔し、悲しみ続けるだろう。男は、彼女の心を護りたかったのだ。
剣を受けた瞬間に、愛する女神に己の想いを伝えた男は、女神に微笑みを残してその命を終えた。
強大な神の剣で貫かれた人間の男は、痕跡を一切残さずに世界から消えてしまった。
まるでそこに最初からいなかったかのように。
その瞬間、世界が慟哭した。
一瞬で空は闇に包まれ、雷鳴が轟き、激しい雨が大地を襲った。
愛するものを、自らの手で殺してしまった。その事実がエカトゥリュシカから正気を失わせた。
ただ、愛するものと共に生きたかっただけだった。
もう逢えない人を探し求めるように、女神の悲しみが世界を覆いつくした。
あまりにも深い悲しみに、心が壊れ悲鳴をあげる。
女神を救う為、金の盾と銀の盾が命をかけても、女神の慟哭は止まらなかった。
サクトゥリュースは、片割れを救う為に自らの命で、エカトゥリュシカの命を止めた。
エカトゥリュシカは、愛する人と共にいたかっただけ。
サクトゥリュースは、愛する片割れと共にいたかっただけ。
ただ・・・、ただ、それだけだった。
エカトゥリュシカが消えた後、何百、何千年立っても、女神の悲しみは世界を覆い続けていた。
わずかに生き残った人々は、強大な神の力を恐れ、闇を恐れた。
闇に対する恐怖は、人々の記憶から神々のことが忘れられても残り続けた。
何故、闇を恐怖するのか・・・。それを識る『人』は、今はもういない。
女神が振るっていた、聖銀の剣は、今も女神の悲しみを浄化する為に、この世界のどこかに在るという。
意志持つ剣は、いつかまた彼女にめぐり逢う為に、この世界に在り続ける・・・。
次からは王城編になります。