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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

均衡崩れ

掲載日:2026/11/03

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 斜面はものが滑りやすい。よく知られた現象だろう。

 物体の摩擦力が重力に勝っている間はじっとしているが、重力が勝つと滑りがはじまる。

 バランスが崩れてしまうと、力の強いほうへ物事は動き出してしまう。当たり前でも怖い話だよね。あらがう力を持てなければ、そのまま流されるよりないのだから。

 我々も、普通に暮らしていながら常に何かしらの力と戦っている。あたかも平穏無事であると脳に錯覚してもらうためだろうな。

 一度ダメージを負うと、復活が難しいとされる脳器官。大事に扱わねばと、他の部分が頑張ってくれているのだろう。傷つく現実をやたらと味わわせないため、かもしれない。

 そのように気張ってくれているものたちが、ふと力を失ったときに何が起こりかねないのか?

 僕の昔の体験なのだけど、聞いてみないか?


 若い時分に、ニキビができやすいことに悩んだ人は多いんじゃないだろうか。

 僕がはじめてニキビを顔にこさえたのは、中学生のころだったな。

 前の晩に眠るまでは何ともなかったが顔面。その鼻の左側面と頬の中ほどに、ぷっつりと白いものが浮き上がっている。

 世にいうニキビだろう、と分かったときには、いささかショックを受けたね。サイズ的には釘の頭にも満たないものなのに、顔全体で見たら歴然とした大きさのできものだ。

 なるほど、こいつはかきつぶしたという話も納得できる。このような目立つものが顔に浮かんでいたら、見た目の印象にかかわるだろう。どれほどの不特定多数に見られるかわかりゃしない。

 それなら一刻も早く、この忌まわしい邪魔者を排除したいと思う。されどもそれは傷痕を残し、最終的にいっときの悪目立ちは防げても、さりげない永続的ダメージを負い続ける……潰さぬは一時の傷、潰すは一生の傷とは罪深い連中さ。

 そうやって、痕を残すのは勘弁な僕は自然の治癒能力をあてにし、ヘタに手を出さないよう努めていたのさ。


 けれど、僕の顔を舞台にニキビたちとのイタチごっこが続く。

 ひとつが引っ込めば、追いかけるようにしてまたひとつ。それが引っ込めばまた新しく……といった具合だ。僕の顔にニキビが完全になくなる瞬間は、なかなか訪れなかった。

 かきつぶす以外のニキビ対策は、情報を集めて自分なりに進めてはいたよ。これほどひっきりなしに来られると、残念ながら自分の身体のパワーへの信頼度は低下したから。

 成長期、のひとことで片付けられるなら良かったけれどね。

 ただ、後から出てくるニキビたちは色が物騒なものになってくる。黄色とか黒とかはまだしも、緑色が浮かぶものなどはサビとかコケとかを連想させる、不健康な気配だ。


 ――これ、そのままにしといて大丈夫なのか? やばい気がするなあ……。


 と、思っている矢先。

 仕事から帰ってきた父親が、包装された石鹸をひとつ渡してくれた。

 包装紙に書いてある名前は、知る人ぞ知る化粧メーカーのものだったな。当時はインターネットもそう普及していなかったから、知らない人はほんと知らないものだったろう。

 そいつを朝晩の洗顔に使うといい、とは父親の談。かくいう父親も昔から顔を洗うのに、こいつを使っていたとのことだ。


「そのニキビ、おそらくは外部から入り込んだわる~いやつもかかわっているとみた。オレにも経験があるからな。

 個々人の手勢という自然治癒能力任せは、少々分が悪い。外からの援軍とでも思って使ってみろ。ひょっとすると望む以上の結果が得られるかもしれん」


 どのようなことでも、有識者の意見はあってほしいものだ。

 父親のすすめを容れ、例の石鹼を使ってみることにする。

 わざわざ機をはかるなど面倒だ。即座に使う。

 すぐ洗面所で顔をいったん濡らしたあと、例の石鹸をよく泡立てたうえで顔へ。例の緑色のニキビへも重点的にかぶせていったんだ。


 いかに経験者だという父の話でも、爆発的な効果は出ないだろう……と試す前は思い込んでいた。

 けれどもみっちり石鹸で顔をカバーし、改めて水洗いをしてタオルをぽんぽんと顔へあてがうと、その白い生地へ点々と、緑色のまだら模様が増えていく。

 鏡を見ると、ニキビのあるところを含めた、顔のあちらこちらから緑色の液体が垂れ落ちてきていた。水の筋が細いのを見ると、かなり小さい穴からしみだしているのが分かる。


「やはり、こいつらのしわざか」


 そばに控えていた父親が、さっと僕の使っていたタオルを手に取る。

 その顔も僕ほどではないが、ちょこちょこと同じように緑色の水を流している。本当に同じような経験があるらしかった。

 そしてタオルについていたまだら模様はというと、ひとりでに盛り上がりをはじめ、生地をちぎって飛び出さんとするような動きを見せている。

 それを父親は指でぐっぐっと、ひとつずつ押さえてつぶしていく。いったんつぶされてしまった連中は、もう新たに動く気配を見せなかったよ。


 どうも、こいつらはニキビに混ざる形で、こちらの顔を苗床かゆりかごに使っているらしいと父親は話していたよ。

 ああして緑色のニキビらしきものが出るのは、かなり分かりやすいラッキーな事例。ひっそりされていると、外部からああして干渉しない限りは裏でことを進め、シミなどの形で成果を残していくのだとか。

 やつらのほうがバランスを乱してきた証拠になる。向こうは着々と計画を進めるし、こちらは見た目の印象が悪くなるし、人間側にはてんでいいところないな、とも話していたよ。

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