第三十九話 暗闘
オルディア帝国皇領のとある村。
「お、お願いします! その食料だけはお見逃しください!
それが無ければ我々は死んでしまいます!」
村人は役人にすがりつき必死に訴える。
既に荷馬車には大量の食糧と金品が積み上げられていた。
「離れろ下郎! これは皇帝直属の行政官ディーア・ベルゲ様のご命令である!
俺達に歯向かう事は皇帝陛下に歯向かうも同じ事! 貴様ら死罪となりたいか!」
役人の圧に怯み、それ以上領民達は強く出る事は無かった。
その様子を見ていた役人は、領民の態度を鼻で笑い村を後にする。
「く......くそ! あいつら調子に乗りやがって......! 何が皇帝だ......ただの暴君じゃないか!」
役人が去った後、村人達は口々に皇帝の暴政について吐き捨てていた。
強大な力を盾に弱者を虐げる様は見るも無残であった。
「そこの者ら、我らはディーア・ベルゲ様の命により税の取り立てに来た。
今年の分をこの広場に集めてもらおう」
村の入口から数人の役人が村人達に声をかける。
我慢の限界に達していた村人達は、役人達を村の中心に誘導し農具を手に包囲をした。
「これは一体何の真似だ!?」
「もう我慢ならねぇ......このまま飢えて死ぬのを待つくらいなら、せめてお前らも道連れにしてやる!」
衆寡敵せず、武器を構える間もなく役人達はなぶり殺しにされてしまった。
***
「税の二重取り......それは本当なのか?」
「村人達の証言によればそのような事態が横行していたようだ。
ただ、ベルゲ殿は事実無根と主張し、こちらでも収支を確認したが報告に偽りはなかった」
レオとルークは、この不可解な事件に頭を悩ませていた。
圧政を布く皇帝という汚名を着せられては、統治が困難となる。
「賊の可能性は?」
「残念ながらシロだ。奴らは帝国が公式に支給している正規の制服を着用していた。
メティスさんが施した認証魔法があるから、外部の人間に着用する事は不可能だ」
ルークはそう言い、レオの机の上にボタンを差し出す。
「村人の一人が役人に縋りついた際に取れたものだ。
偽造品の線も疑ったが、鑑定魔法の結果、正真正銘帝国の制服だと判明した」
「事実が明らかになるほど謎は深まるばかりか......引き続き調査を進めてくれ」
「なるべく早く解決してみせるさ」
ルークが立ち去ろうとドアに手をかけた瞬間、ドアの向こうからアルツォリオが勢い良く入室する。
「陛下~! お困りとお聞きしましたぞ~!
このアルツォリオ、陛下の威を借る不届き者を捕らえましたぞ!」
二人はその報告を聞き目を見開く。なぜ、どのようにして捕らえる事が出来たのか。
それを聞くよりも早く、アルツォリオは自身の功績を誇らしげに語り出した。
「やはり下手人はベルゲで相違ありません!
私の部下が捜査を進めていた所、ベルゲの別荘に奪った金品と食料がそっくりそのまま隠されておりましたぞ!」
「失礼アルツォリオ殿。どうして行方も知れない下手人が、ベルゲの別荘に奪った物を隠しているとお分かりに? 我々も総力を挙げて調査を進めていますが、まだ全貌を掴めていません。それをこんな短時間で......」
アルツォリオは不機嫌な様子で質問をしてきたルークを見る。
「私の部下の能力を疑うと言うのですかなルーク殿?
貴殿のような田舎領主と違って、私は王家の者なのだ。有能な部下などいくらでもいるのですよ!」
それ以上は答える気が無いようで、ルークの方を見ようともしなかった。
「ともかく、物的証拠があるのなら下手人とベルゲそれぞれに話を聞くしかないだろうな。
尋問はハルノに――」
「いいえ陛下! 尋問ならばこのアルツォリオお任せを、必ずや成果を挙げてみせますとも!」
その自信は一体どこから来るのかと半ば呆れた様子で見ていたレオだったが、
下手人拿捕の功績を考えても一連の件を任せるのはアルツォリオが妥当と考えた。
***
王宮の奥、華の間。
ここには皇帝の世話をする侍女が住み込みで働く場所であり、皇帝のプライベート空間でもあった。
ここに足を踏み入れられる男は皇帝のみ、まさに華が咲き乱れる場所であった。
「調子はどうだルシェレ」
ルシェレと呼ばれた女性は静かに顔を上げる。
薔薇の敷き詰められた室内にあって見劣りせぬほどの麗しさを見せる女性だった。
「お勤めご苦労様です陛下。何やらお疲れのようですね?」
「余計な詮索はしなくていい、それよりも......もっと顔を見せてくれ」
レオはルシェレの顎に手を当てじっと見つめる。
ルシェレもその眼差しに頬を赤らめながら黙ってレオを見つめていた。
「少し化粧を変えたな? 前よりも唇が鮮やかになっている」
レオはそう言うと、ルシェレからほんの少しだけ距離を取りまじまじと見る。
随分と趣味の違う化粧をするものだと不思議な顔をするレオの、ルシェレは笑みを浮かべる。
「ふふ、これはアルツォリオ殿が送ってくれたものなのですよ。出産祝いらしいですわ」
「アルツォリオが? おべっかだけは一流だな。
だがまぁ......ふっ、お前の美しさは理解しきれなかったらしい」
――王宮地下の尋問室にて、アルツォリオは取り調べを行っていた。
「だから、俺達は言われた通りにやっただけだ! 指定のブツを指定の場所まで運べばいいって言われただけなんだよ! それ以外は何も知らねぇ!」
「それは、誰に依頼されたのかな?」
「だから知らね――」
「ベルゲ殿だろう? そうなのだろう? 行政官ディーア・ベルゲ、それが貴様らの雇い主であろう?」
アルツォリオは淡々と状況証拠を並べ立てていく。
尋問と言いつつ一切聞く耳を持たないその姿勢に、下手人は不思議に思っていた。
「貴様らは確かにディーア・ベルゲの臣下と名乗った。そして物資もベルゲの別宅にある。
よって貴様らの雇い主はディーア・ベルゲに違いない!」
名推理でもしたかのように誇らしげに語るアルツォリオに下手人も側近も呆れていた。
こうしてアルツォリオは犯行をディーア・ベルゲによるものと断定し、報告書をレオに提出した。
「本当にベルゲなのか?」
「もちろんですとも! 下手人もベルゲの指図だと言っておりますとも! なぁ?」
(いや、何も言ってなかったけどな......)
側近は何も語らず、冷や汗を流しながら静かに頷いた。
「まぁ、お前がそう言うのなら信じてやるが......ベルゲには減封と半年の出仕停止を命じるか」
減封と半年の出仕停止、現代で言えば部長が平社員に降格された上に左遷されたようなもので、
非常に重い処分と言わざるをえなかった。
「甘い! 甘いですぞ陛下! それでは下の者に示しがつきません!
ベルゲの処分は死罪! 死罪ですぞ陛下!」
「おいおい、いくら何でもそれはやり過ぎだ。示しなら俺の処分で十分についている。
これ以上文句は言わせんぞ、下がれアルツォリオ」
そこまで言われてはアルツォリオも何も言えず、大人しく引き下がるしかなかった。
***
その夜、アルツォリオの屋敷にて。
アルツォリオは静かに杯を傾けていた。
「アルツォリオ様、この後はどのようになさるおつもりですか?」
「ふむ......さて、どうするかな? どうすればいいと思う?」
側近はどうすれば良いのかしばらく考えたが、何も考えが浮かばなかった。
(私にはアルツォリオ様ほどの知恵が無いので何とも言えません......)
「自分で考えろよ」
「え?」
「あ......」
アルツォリオは静かに杯を傾ける。闇は静かに、しかし確実に迫っていた。




