第三十七話 帝国誕生
いつだって時代を支えているのは凡人と呼ばれる存在だ。
一握りの天才が動かす時代は僅かに数年程度。だが、凡人が動かす時代は数百年に及ぶ。
マモンザは凡人だった。凡人故に努力を重ね、人脈を広げ、地位を手に入れた。
「個性だ魔法使いだのと、個人の力量を重視するような者は愚かだ。
200点の1人よりも70点の100人の方がよっぽど価値がある。そうは思いませんか王子」
マモンザが振り向くと、入口にはレオとブレイブの姿があった。
「それは違うな。力ある者のみが力無き者に道を示すことが出来る。
我々のような存在は、億万の凡人が路頭に迷わぬように常に先頭を進まねばならない。
凡人の役目とは時代の安定だ。だが、我々は貴様らが安定させるべき時代を作るのが役目なのだ。
貴様は己の役目も知ろうとせず、嫉妬に狂い非道に手を染めた愚か者だ」
戦争の始まりとは、大抵が利害や思想の不一致から起こる。
凡人と天才では視点が大きく異なる。どちらも譲らぬ思いがあるなら最後は息の根が止まるまで戦うしかない。
「個性を重視するのは御父上譲りか......魔動武装展開、機械仕掛けの神」
「ブレイブ、入口を塞いでおけ。この馬鹿は俺がやる」
マモンザの周囲で大量の魔動兵器が展開される。
その全てに莫大な魔力が内蔵されており、総量だけなら一国すら容易に滅ぼせるほどだった。
「どうですか王子! これが凡人の力の結晶! 800万の魔力が全て私に集結している!
はははは! 個性がなんだ! そんなものが無くても私は――」
「うるさいぞ」
一瞬の出来事だった。マモンザが纏った魔動兵器はレオの一撃であっという間に壊れてしまった。
「な......なんだとぉ!? 我が国の技術の結晶が! こんな棒切れで粉砕するなど! ありえん! 断じてありえん! あり得てなるものかぁ!?」
ルーン武器には一つの特性がある。それは高濃度な魔力を吸収するというものだ。
現在の技術力ではルーン武器を再現する事はできず、その知見も限られた者にしか無かった。
「流石はルーン武器、こんな棒切れでも鉄くず如き簡単に切れるな。
そもそも、借り物の知識を誇らしげに使っている時点でたかが知れる。
凡人が天才の叡智を真似ようと所詮は猿真似、そんなもので俺を殺す事はできんぞ」
狼狽したマモンザは扉へと駆け出す。
しかし、入口はブレイブが固めており逃げ場などなかった。
「ま、ままま待て! お待ちくだされ陛下! どうかお慈悲を......!
私の働きはご存じのはずです。かつては財務長官として、王国の財政を大きく膨れ上がらせ――」
「財務の者なら間に合っている。貴様にくれてやる席などない......ここで大人しく死ね」
降伏の声も最早届かず、マモンザは一刀のもとに切り伏せられる。
オルディア王朝を滅ぼした一角が、たった今崩れた。
(これが......こんなものが復讐か......これがこの男の最期だと?)
「この程度で終わらせてたまるか!」
レオは何度もマモンザを切りつける。ただ只管に斬り、突き続ける。
もはや息をしていない肉塊と化してもなお、レオはその剣を納める事は無かった。
「やっと終わりましたね陛下......陛下!? 一体何を!」
部屋に入ったブレイブがレオに声をかけるが、その声は届かず目の前の死体を傷つけるばかりだった。
主君の乱行を止めるべく断腸の思いで組み伏せる。
「離せブレイブ! まだだ、こいつを殺さなければならんのだ!」
「もう死んでおります! いたずらに死体を斬るなど王のする事ではありません!」
「俺に説教する気か! とっとと離せ、王命だぞ! 逆らえばお前も――」
レオは自分が何を口にしようとしているのかを理解した。
それまでの怒りは消え失せ、押し黙るばかりだった。
「怒りは収まりましたか?」
「......すまん......お前がいてくれて助かった」
***
錬金術は魔術の理論を簡易化し、誰にでも扱えるようにメティスの師匠が生み出した新しい理論だった。
しかし、凡人が必要以上の力を得た事で、欲望のままに錬金術を用いて結果人類は滅亡の危機に瀕した。
「以来、錬金術は禁忌として封じられ歴史の彼方に忘れ去られたはずだったんだが......お前さんのような存在が生まれるとはな」
「人......類の......叡智の結晶......完全なる......生命......」
四肢がもがれ腹が抉れ、顔の右半分を失った状態でもアルキミヤは生存していた。
ホムンクルスとして生まれた彼女に人間としての死は存在せず、肉体が再生を始める。
「生命が完全であるものか......! 神にも出来ぬ所業を我々ができる訳がないんだ!」
ホムンクルスは魔動兵と違い肉体強度は常人と変わらないが、異常な再生能力を有していた。
抉れていた腹や顔が元通りに戻り、四肢の再生も終わろうとしていた。
「東雲の月、暗夜の太陽、天に堕ち地に昇る諸人よ。
終末のラッパが鳴らされる時、其の尖兵となりて永劫の忘却を齎さん。
忌まわしきホムンクルスよ、さらばだ。
究極魔法発動、ルキフェルの福音」
アルキミヤの肉体が炎に包まれ再生が阻害される。
再生と破壊がせめぎ合い、ついに破壊速度が上回り骨すら残さず灰と化した。
***
突入から2時間、最上階のレオの元に全員が集まる。
「陛下、全員集まりました」
「そうか、貴様らに問いたい。この技術をどう見る?」
それは含みが多分にある質問だった。
アリアとブレイブにはその真意が測りかねており、ルークとメティスは僅かに考え込んでいた。
「当然、廃棄すべきだな」
「当然、利用すべきです」
二人の意見は割れた。
「ではルークから先に意見を述べよ、なぜ利用すべきと思う?」
「此度の戦いで、我々は魔動兵器の恐ろしさを身をもって知りました。
そして幸いにも、これほどの技術力を有する国は他にいません。
ならば我らがその技術を独占すべきです」
「被害者なら分かるだろう? これほどの力は人類が持つべきではない。
これは敵だけでなく味方も傷つける諸刃の剣だ。
そのような技術は当然廃棄すべきだ」
レオはしばらく考え込む。禁じられた技術を使うべきか否か、世界が変わるかもしれない決断が迫っていた。
「決めた......魔動兵器及びそれに関する技術は全て破棄せよ」
過ぎた技術は世界を不必要に警戒させる。ゴルト国を下したとして、世界を相手取るほどの余裕はない。
メティスがいるとはいえ、兵器運用に否定的では協力を得る事は難しく、敵の技術者は全員改造されていた。
オルディア軍は造兵廠や研究所を破壊しつくし帰国。
トレゾールには蟻の子一匹もいない有様だった。
***
日も暮れ、オルディア軍はクランジヌス領で一夜を過ごす事に決め、
ルーク達はユリウス・クランジヌスの歓待を受ける事となった。
「此度の勝利、誠に祝着でございます。
これで我が国は主要経済圏の大半を掌握し、より発展する事でしょう」
「皮肉のつもりかユリウス? ゴルト国の総人口は最早200万人程度だ。
もぬけの殻となった経済圏にどんな価値があると言うのだ」
オルディア王国はゴルト国を併呑し、領土・経済の面で大国と肩を並べるほどに成長した。
各国の報道機関はオルディア王国の快進撃と虐殺行為を大々的に報じ、
世間はレオ・オルディアの所業を非難し、悪魔の帝王と渾名をつけた。
――翌朝クランジヌス邸にて、ルークとレオはモーニングコーヒーを飲みながら歓談していた。
「悪魔の帝王か、散々な言われようだな。そのキッカケを作った俺が言うのもなんだけどさ」
「恐れられる位が丁度良いさ。誰も俺に逆らえないと分かれば戦争も無くなる」
レオは君主として冷酷さが増すようになった。いや、これが本来の姿なのかもしれない。
俺自身も昨日までの戦いで何かしら吹っ切れた気がする。
「ここまで言われたのでは文字通りの帝王になるしかないかもな」
「本当に良いのか? 世界中を敵に回すぞ?」
「どの道そのつもりだ。手配は頼んだぞ」
その後レオ・オルディアは自身を帝王と名乗り、オルディア王国はオルディア帝国と名称を変更。
ディッチ大陸の完全平定を目的とした大国がここに誕生した。




