第三十一話 賢者の手記
俺はメティスさんから受け取った手記を丁寧に慎重にめくっていく。
持主が亡くなってからかなりの年月が経ったのだろう。修復魔法で補強されていなければ、触れた瞬間に粉々になっている程脆くなっていると感じた。
『〇月〇日 晴れ
ここは一体どこなのだろう? 私は確か下校中だったはず、全く知らない景色、知らない人。
お父さん、お母さん、どこにいるの?』
『〇月〇日 雨
親切な方に泊めてもらった。どういう理屈か知らないけど、言葉が通じるらしいので助かった。
早く家に帰りたい』
ルークはページをめくり読み進める。
『〇月〇日 曇り
スライムに出会った。ゲームでしか見た事ない存在だったから実物はちょっと気持ち悪かった。
適当に技が出ないか試したら火球が出てスライムを倒す事に成功した。どうやら私には魔法の素質があるみたい』
『〇月〇日 曇り
ゲームみたいな世界だからステータスとか出るのかなって思ったけど、そんなものは出なかった。
そういうのがあるなら、今頃この世界からログアウトしてるよね』
さらにページを読み進める。
『〇月〇日 晴れ
私は日本で見た物を再現する事に成功した。試しにスマホを作る事ができた、だけど見た目だけで通話やアプリで遊ぶ事はできない。もっと改良が必要かも』
『〇月〇日 雨
個性持ちと魔法使いの条件が分かった。α因子とβ因子の保有率の違いだった。この世界の人間はどちらも極端に低いんだ。この世界はあまりにも弱すぎる、早く手を打たないと』
聞きなれない単語が目を奪う。前世でもそんな単語は聞いた事がない、一体どうやって知ったのだろうか? 疑問を抱えながらルークはさらにページをめくる。
『〇月〇日 晴れ
私の弟子がちゃんと育っているようで安心した。だって、その時には私はこの世にいないもの。
お転婆な弟子がどうなってるのかなんて、こうする事でしか知る事ができないからね。
この世界で死んだ人間が、どうなるのかは分からないけれど、きっと日本に戻る事はできないんでしょうね』
こうする事でしか知る事ができない? 彼女は未来予知のような魔法でも使ったのだろうか?
ルークはさらにページをめくる。
『新皇暦二年 3月18日 晴れ
私の弟子が迷惑をかけてごめんなさいね。本当はお詫びの品を渡せれば良かったんだけど、死んだ人間が現世に干渉する事は許されないの。だから代わりに、メティスを好きなように使ってちょうだい。
あなたの能力なら、彼女を存分に活かせるはずよ。期待しているわね、ルークフェルトさん』
ルークは急いで手記を閉じる。かなりの年月を感じる手記が、なぜ今日の事を書いているのか。なぜ自分の事を知っているのか。得体のしれない恐怖に襲われ、メティスに手記を返却する。
「どうした? お化けにでも会ったみたいに青ざめているぞ?」
俺は先ほどの手記の内容をメティスに話すと、彼女は怪訝な顔で手記を開いて読み直す。
「うーむ、お前さんの言うような事はどこにも書いてないけどな? 見間違いじゃないのか?」
「そんな事あるわけ――」
ルークはもう一度手記を受け取り、再度読み直す。
しかし、そこに記載されているのは当時研究していたと思われる魔法や魔動品についてであり、先ほどの内容はどこにも記載されていなかった。
「一体、これはどういう......」
「くっくっく、師匠の奴め。同郷の人間にだけ特別なメッセージを書いてるのか。
私にはそんな魔法を教えてくれなかったのになぁ、全く勿体ぶるのが好きな師匠だ」
メティスは一人で納得したように笑う。魔法使いだから分かるカラクリがあるのだろうか?
ルークには皆目見当もつかなかった。
「メティスさん、貴女の師匠とは一体どういう方なんですか? 本当に死んでいるんですよね?
まるで、今でも生きているような、全て知っているかのような......」
「それがなぁ、不思議と師匠の事が何も分からないんだ。
一緒に過ごした事は覚えてるんだが、顔も名前も、何も思い出せないんだ......」
嘘をついているようには見えなかった。彼女の言うように全ての魔法を極めたほどの人物なら、伝記として残っていても不思議じゃない。だが、これまで読んできた魔法の歴史について記した本にメティスの師匠と思しき人物の記載は無かった。
(過去に転移してきたと思われる日本人がいる、恐らく女性。
自称女神と何らかの関係性があると思ったけど、これじゃ一切の進展はないな)
「分かりました。何か思い出した事があったらいつでも言ってください」
「それはお前さん自身の為か? 国の為か?」
「どうなんでしょう。どちらかと言うと俺自身の為だと思います」
「そうか、まぁまた研究の傍らにでも調査してみるさ。助けてもらった恩があるしな」
静けさが染み込む夜の中で、蹄と車輪の規則的な音が己の存在を闇に刻み込むように響く。
王宮への道は遠く、月は煌々と輝く。既視感に支配された黄金の都市を抜け、慣れ親しんだ小麦色の大地へと一行は向かっていた。




