第二十八話 富と魔法が支配する都市
ゴルト国を治めるマモンザは、オルディア王朝で財務長官を務めていた事もあり、世界一の経済大国となっていた。その中でも、首都トレゾールは世界で最も発展した都市として有名で、エルフの国を除けば最も魔法が活用されていた。
――首都トレゾール、マモンザ大通り
「テゾーロコーポレーションより市民の皆様へご案内です。
本日より、普通魔動車アンフェルドが販売開始です。詳しくはお近くの販売店まで」
「今日からセール開催中でーす! 新作のスペシャル魔動通話機”ス魔通2000”が10パーセントオフですよー!」
魔法とは日常をちょっとだけ便利にするものというのが世界の常識だった。
美しい景色を撮影する魔法、怪我をしにくくなる魔法、疲労を感じにくくなる魔法など、
凡人が扱える魔法は生活そのものを大きく変える事はない。
しかし、そんな常識を変えた男がマモンザだった。
ある魔法使いを部下にしてからというもの、民衆の生活は一変した。
馬よりも素早く移動が出来る車が開発され、リアルタイムで遠くの相手と通信が出来る通話機が生み出され、家事さえも自立歩行型の機械が行うようになっていた。
「ねぇリュークく~ん、私、ス魔通2000欲しい~」
「真面目にやれよエスト......エスター、遊びで来たんじゃないんだぞ?」
「もう、リュークくんってば堅物なんだから~、折角の旅行なんだから楽しまなきゃ損でしょ?」
(もう......なんでこんな事になったんだよ......)
***
遡ること1週間前、諸侯会議にて次の標的が決定したあと、ルークは王の書斎に呼び出されていた。
『ルーク、今回ゴルト国を攻めるにあたり、最大の懸念が存在する。なにか分かるか?』
『いや......?』
『それはな、情報が何もないという事だ。魔動兵器が開発されたという話があるが、実際の所それがどういう物なのか分からない。そこでお前に調査を頼みたい』
魔動品とは、生物の魔力に依存しない魔素を用いた道具の事であり、魔法使いが主に使用する。
だが、魔法使い用の道具を凡人が扱える訳もなく、ゴルト国が一般人でも運用できる魔動兵器を開発したとあれば世界のパワーバランスは崩壊する。
『そんな危険な物が実用化されているのか調査ってことか。でも、何で俺なんだ? こういうのはエストリヤが適任だろ?』
『無論エストリヤにも探らせる。が、問題は制度だ。ゴルト国ではどういう訳か、女が一人で出歩く事は禁止されていてな。エストリヤを単独で行かせるにはリスクが大きすぎる』
『なるほどな......分かった。じゃあ俺はしばらく政務から外れるよ。期待して待っててくれ』
***
ルークとエストリヤは、リューク、エスターと名前を変えて旅行に来たカップルという設定でゴルト国を調査していた。
(アリアにこの事が知られなくてよかった......それにしても、前世で見た事あるような物ばかりだ。
魔動品を開発した人間はもしかして、俺と同じ転生者なのか......?)
自動車のような乗り物にスマートフォンのような通信機器、まばらだがビルが建ち、道路が整備され横断歩道が用意されている。
大都会東京とまではいかないまでも、日本の地方都市と言われればそう見えなくもない街並みをしていた。
(至る所にロボットも歩いてる......本当になんなんだこの都市は......?)
「ねぇリューク君、そろそろお腹空かない? どっか静かな場所で食べれそうな所探そうよ」
「え? でも、まだお昼には早いんじゃ......」
「いいから早く~」
エストリヤに腕を引っ張られるまま付いていく。しかし、エストリヤは飲食店が多そうな大通りからは遠ざかり、次第に人気の無い裏通りへと入っていく。
しばらく裏通りを進むと周囲を警戒し始め、周りに誰もいない事を確認するとルークの手を離した。
「いやぁ~ゴルト国ってのは随分と先進的な国なんだねぇ。フィアンセ君、あの魔動品たちの事何かわかった?」
「いや、俺も初めて見たものばかりだ」
どう見ても自動車とスマートフォンだが、下手に知っていると言って機能などを説明しても何故知っているかの説明をするのも面倒だ。そもそも異世界に転生しましたなんて言っても信じてくれないだろう。
ここはエストリヤに同調するのが最も安牌な選択肢だ。
「やっぱ知らんかぁ。まぁ、それはおいおいって所かな。
現時点で兵器とは無関係に思える魔動品も多数あるっていう事は、魔動兵器は存在する。しかも実用化しているという話はほぼ間違いないだろうね」
「もしかしたら、俺達が想像してる以上に高性能な魔動兵器が標準装備になっているかもな。そうなれば間違いなく......」
「戦力差で負けるね。しかも手も足も出ないと思うよ、どう足掻いたって勝つことは不可能だと思う」
ゴルト国の戦力は想定以上に高い。魔動兵器の調査が完了したとしても、報告できる内容は確実に負けるという事だけだろう。簡易的とはいえ、一兵士が魔法使いと同等の魔法を撃てる国などゴルト国以外に存在していないからだ。
「とりあえず、俺達がやるべき事はゴルト国の所持する兵器の数、性能の調査。そして魔動兵器の弱点を探る事だな」
「うん、長い戦いになりそうだね。ひとまず今日の宿を――」
「誰かぁぁぁ!! 助けてぇぇぇ!!」
突然聞こえた悲鳴に二人は警戒態勢に入る。
「フィアンセ君、どうする?」
「見捨てられないだろ......もしかしたら何か情報が手に入るかもしれない」
声の方角に向けて走り出す。そう遠くない距離だが慣れない土地の為、正確な位置までは把握できていなかった。
一人の女性が裏通りを必死に走る。麻布一枚を着た女性は、足が血まみれになるのも気にせず後ろから迫る黒服の二人組から逃げ続けていた。しかし、曲がり角を過ぎた所で突き当りに辿り着き足を止めた。
「随分手間取らせてくれやがって、もう逃げ場はねぇぞぉ?」
「魔女と言っても首輪を付けられちゃただの女も同然だな......へっへっへ、少しぐらい楽しんでもバレやしねぇよな?」
「やめとけ、マモンザ様は全てを見ておられる。下手に手を出してどんなお叱りを受けるか分からん」
黒服たちはゆっくりとにじり寄る。このままでは捕まる、そう思った女性は最後の望みを込めて必死に叫ぶ。
「誰かぁぁぁ!! 助けてぇぇぇ!!」
しかし、その声は都会の喧騒の中に消えていく。振り絞った微かな希望の糸は脆くも千切れ、女性はへたり込んでしまった。
「よーしよーし、良い子だな。誰もお前を助けてくれない、お前はこれからもマモンザ様の忠実な奴隷として生きていくんだ」
「だが、また逃げられちゃかなわねぇ。とりあえず、その足は使い物にならなくさせてもらうぜ」
女性は振り上げられた刃に恐怖し目を瞑る。しかし、その刃が骨を断つことは無かった。
苦痛に満ちた叫びと何者かが倒れ込む音が聞こえてくる。恐る恐る目を開くと、そこにはルークの姿があった。
「丸腰の女性に手を出すなんて、この国はどんだけ男尊女卑が根付いてるんだ?」
「うっ......くっそ、痛ってなぁ! 何なんだてめぇはよぉ!?」
「まじか......! 綺麗に膝蹴り決まったと思ったのに......」
ルークに蹴られた大柄な黒服の男はよろめきながら起き上がる。
奇襲に失敗するとは思わなかったルークは、丸腰の状態で刃物を持った二人組を相手する事になりかえって窮地に陥ってしまう。
(なんだこいつの耐久力は......!? 思いきり首にクリーンヒットしたはずだぞ!)
「やっぱり魔動兵器ってのは最高だせぇ。こいつが無けりゃ首がへし折れてたかもな」
「ふん......どこの鼠か知らんが、我らの魔動アーマーが生身の肉体に負ける訳がないだろう。無駄な正義感に駆られた阿呆が......ここで死ね」
「......ねぇ、その魔動アーマーって、どこまで守ってくれるの?」
細身の黒服の口元を背後からエストリヤが抑える。その手には布が握られており、細身の黒服の男は徐々に脱力し、その場に倒れ込む。
「なっ......!? てめぇ、一体どこから! 俺の仲間に何しやがったぁ!!」
大柄の黒服がエストリヤに向かって突進してくる。軽やかなステップで避け金的を食らわせる。
「い~~ってててて! あんたの股硬すぎだろ!?」
「へっ! 魔動アーマーに防げない攻撃はねぇ! 大人しく死にやがれ!」
「......呪縛魔法発動、十字架を背負いし囚人」
麻布を着た女性が魔法を唱えた途端、黒服の動きが鈍くなる。
((今だ!))
ルークは黒服を羽交い絞めにし、エストリヤが口元に布を押し当てる。
黒服が倒れ込み、二人は周囲に敵影がいない事を確認すると手を差し伸ばす。
「大丈夫ですか? 俺の名前はリューク、旅人だ。あなたの名前は?」
「......私は、メティス。メティス・アトランティスタ......一応、魔法使いだ」




