第二話 初陣
本編です。
前回までのあらすじ
部下の失敗により失脚した会社員岡崎 透は、人生に絶望し身投げをする。
目覚めるとそこは異世界、岡崎は16歳の青年ルークフェルト•ローズロックとして転生していた!
異世界で過ごした16年間を思い出しているとルークフェルトの元に謎の青年が現れ、父アーネントから義兄弟として共に過ごすよう命令される。
ジョン・ブラウンを名乗る謎の青年との共同生活がいま始まる!
あれから一ヶ月が経った。
ジョンの部屋は俺の隣にあてがわれたので、自然とジョンと接する機会は増えていった。
最近は何をするにも一緒と言っても過言ではない。
領民達も当初は余所者に戸惑いを隠せなかったが、次第にジョンを受け入れている。というよりジョンの取り入る力が強すぎる。
礼儀正しくて立ち振る舞いがいちいちスマート、それでいて鼻につく感じじゃなくて自然とやってのけるのだから誰も彼もエスコートされてるかのような気持ちになっている。
父上は貴族との社交を嫌っていたから、ああいう如何にもなお坊ちゃんは好かないと思っていたけど、どういう風の吹き回しで受け入れる事になったんだろうか。
この一ヶ月の間に何度か探りを入れても返ってくるのは沈黙だけ。こうも話題を避け続けられると余計正体が気になってくる。
少なくとも平民じゃない事は確かだ。
「それにしても、ジョンの奴一体どこに行ったんだよ!もうすぐ正午だぞ!」
何をするにも一緒と言ったが今は一緒にいない。
というより本来は一緒にいるはずの場所にいない。
昨日の晩、俺たちは父上の書斎に呼び出され、明日の正午に庭に集まるように言われていたのだ。
何か話があるなら今でも良いのではないかとも思ったが、父上もそれを察してか夜更けに話すような事でもないと言い、それ以上は語らず政務に勤しんでいた。
俺は誰もいない庭でたった一人待たされている。
退屈で身体が溶けそうになっている時、遠くから蹄の音が聞こえてくる。
振り返るとそこには、猟銃を背負い、大きな野鳥二羽を右手で掴んでこちらに向かってくるジョンの姿があった。
「遅いぞジョン!もうすぐ正午なのにどこ行ってたんだ!正午前には庭に待つように父上に言われただろ!」
用も告げずに家を出たジョンを一人待たされた俺は、この怒りをぶつけようとしたがジョンはきょとんとした顔をしていた。
「だから正午前に帰ってきただろう?それに夕食にぴったりの肥え太った野鳥も捕まえた。これだけの収穫があれば例え多少遅れても義父上だってそうそう怒る事はあるまい。」
時間ギリギリに戻ってきておいてこれほどドヤ顔で誇れる神経の図太さが羨ましい。
俺にこの男のメンタリティが半分でもあったなら前世も早々に諦めたりしなかっただろう。
だが、俺はこの男のような生き方は出来ない。人間には向き不向きがあるんだ、俺にとってはジョンのような性格になるのは向いてない事だ。
「集まっているな二人とも。」
屋敷の扉から出てきたアーネントは二人に向かって語りかける。
いつものように親子としての口調とは違った重々しい語りかけにルークとジョンは一瞬身体を強張らせた。
歴戦の勇士というのは言葉の端々から潜り抜けた戦場の凄絶さを物語るものだ。
隆起した筋骨を覆うように、頭を除く全身を鋼鉄の鎧が包みこんでいる。
プレートのあちこちに細かい傷が付き古強者の威厳をより強調させる。
武人としてのアーネントを初めて見たルークは、この平和な領地にあって一人だけ異様な装いをする父に対し疑問を呈せざるをえなかった。
「父上、此度はどのようなお呼び出しでしょうか?それに、その鎧姿は…?この辺りで戦でもあるのでしょうか?」
アーネントの眼光は鋭い。息子に対してさえこの威圧感である。敵からすれば余程恐ろしい存在だろう。
何かとても大きな脅威が迫っていると直感した二人はアーネントの次の言葉をただ待っていた。
「ルーク、そしてジョンよ。お主らは我が息子として日々過ごしている。なればいずれは人の上に立たねばならん。人の上に立つものが武功の一つも挙げず、親より譲り受けた権力に甘えるなど言語道断である。」
その言葉にルークは冷や汗を流し、ジョンは胸の高鳴りが抑えられないといった様子で次の言葉を待ち望んでいる。
そして、次にアーネントが放つ言葉に二人は驚きを隠せなかった。
「ルークフェルト•ローズロック!ジョン•ブラウン!そなたらは我が兵十人を率いて、街道を封鎖するゴブリン共を殲滅せよ!!!」
昼過ぎのローズロック邸、武器庫の中に男たちはいた。
重い空気の中、ただ黙々とゴブリン討伐の準備を進める。
ジョンは苛ついた態度を隠そうとしないどころかブツブツ文句を言っている。
「なぁ、ゴブリン退治の何が不満なんだ?腕に多少の覚えがあれば何とかなるようなモンスターなんだから初陣としてはうってつけじゃないか。」
そう、俺たちはこれから初めての実戦に向かう。いわば初陣ってやつだ。
この世界に転生してから毎日稽古は積んできたし、最近はジョンと二人で試合をする事も増えたから一人では身につかない間合いの置き方や動きを観察するといった事を学んできたから初戦闘とは言ってもそこまで緊張していない。もちろん、油断もしない。なんせゴブリンは狡猾だ。人語を理解し意思疎通の取れるゴブリンも存在するほど知能も高く、道具を作るだけの器用さもある。ある地方の小国ではゴブリン討伐に手を焼いた結果、小国の戦術を覚えたゴブリン達がゲリラ戦を展開し国を滅ぼすという事件もあった。
だからスライムではなく、ゴブリンが初戦闘になるのはむしろ俺達の実力を父上が高く評価しているという事なのだが…。
「何が不満かだと?不満に決まってるだろう!あのように仰々しい出で立ちで目の前に現れたのだから、千、万の軍勢を相手にするのだとばかり思っていたのだ!それを言うに事欠いてゴブリンだと!?肩透かしも良いところではないか!」
ジョンの気持ちは分からなくもない。俺も全身を鎧で着込んだ父上を見た時は恐ろしい存在を相手にするのだと身震いした程だ。
それがまさかゴブリン退治の命令を出す為だけにあそこまで気合いを入れるなんて誰が想像できるだろうか。気迫と内容のギャップに思わず肩の力が抜けてしまった。
けれど、おかげで無駄に緊張する事はない。俺もジョンも程よい緊張感で準備を進められている。それに俺達二人だけの任務じゃない。父上お墨付きの10人がバックアップしてくれる。
相手はゴブリン、油断をしなければ負ける事はない。これは勝てるぞ。
前世でRPGを遊んで育ってきた影響だろうか、このようなイベントに不思議と心が躍る。
さぁ、転生して最初の真剣勝負だ。絶対に勝ってやるぞ!
ローズロック邸から東に700m、リシン街道前
「よし、ここで一旦止まろう。この先が目標の占領地点だ。」
俺はジョンと部下たちに指示を出し、簡単な拠点を設営した。
目的はゴブリンを討伐する為の作戦会議だ。
「改めて今回の標的と目的について伝えるぞ。標的はリシン街道を占拠しているゴブリンの討伐だ。
目的はリシン街道の安全の確保、リシン街道は隣町の大市場に向かう最短のルートだから、ここが封鎖されると物流の大動脈を失って領内の経済活動は大幅に冷え込む。
だから早急にゴブリンを討伐して安全を確保しなくちゃいけない。皆分かったか?」
その場にいた全員がうんと頷く。そのまま作戦に移ろうとした時、ジョンが疑問を投げかけた。
「一ついいか?この街道、それほど重要ならば、なぜ今まで厳重に警備をしてこなかった?
道というのはまさに国家の血管だ。しかもこの領地の大動脈と言うのであれば相応の守りは必要ではないのか?」
当然の疑問だ。俺もジョンの立場なら同じように質問しただろう。
「理由は二つある。まず第一に、そもそもゴブリンという危険が存在していなかったんだ。
ゴブリンが人里で頻繁に目撃されるようになったのは一週間前から、そして街道を封鎖し始めたのが三日前だ。存在しない驚異に対処する事はできないから対応が遅れてしまった。」
この地は比較的平和な地域だ。モンスターとの接触が少ないため、ゴブリンをはじめとしたモンスター達は人間を警戒してそのテリトリーに中々近づこうとしない。このような事態は初めてだったのだ。
「第二に、これは連合内の掟によりそもそも街道の警備を禁止されている。連合に所属している領主及び領民は連合内を自由に移動する事ができる。それによって物資と人材の流れが活発になり経済が発展する。
そうして得た収益の一部は連合基金として貯金され、連合全体の公共事業の資金や、災害や他国からの侵略などの被害の補填に使われる。備えあれば憂いなしってやつさ。
だから、経済活動を阻害していると勘違いされる事を避ける為に警備も検問所も用意していないんだ。」
ジョンは理由を聞くと納得したのか、何も喋ることは無かった。
俺は気を取り直して、全員に今回の作戦を伝えた。
「よし、それじゃあ今回の作戦を伝えるぞ。
今回は囮を使った挟撃作戦だ。
ゴブリン達は森の中の街道を封鎖していて見晴らしが悪く奇襲の可能性が高い。だから正面からは行かない。
まず、部隊を三つ用意する。一つ目の部隊が先行して街道の向かい側まで潜入し、もう一つの部隊は森の入り口で待機。最後が囮だ。囮が二人、ほかの部隊は4人の構成でいく。
そして、旅人に扮した囮が二人、囮がゴブリンと接敵したら入り口まで引きつける。
入り口まで来たら潜伏してた部隊が前後から現れてゴブリンを挟撃するんだ。」
前世でリーダーをやってきた経験がここで活きてくる。
スキルが無くても知恵を使えば大抵の事は何とかなるんだ。前世がそうだったんだから、異世界でもそれは通用する。
作戦に異議を唱える者がいなかったので、そのまま部隊編成に移る。囮は俺ともう一人、先行部隊の指揮はジョンが執る事になった。
あれか。森の中に潜みゴブリンの姿を見たジョンはそう呟いた。
先行部隊は囮より先に敵に見つかってはいけない。もし見つかっても味方が助けてくれる可能性は低い危険な役目だ。
ジョンは自らその役に志願した。心配するルークを笑い飛ばしいつものように自信に満ちた笑顔で任せろと言った。
ジョンは知っている。自分がこの程度の危険で怯む男ではないと、そしてこの程度の危険で怖じ気てはならないという事を。
自分の置かれた境遇に比べればなんて事はない。
むしろ、この程度の危険などスパイスと言っても過言ではない。
様々な思考を巡らせている内にジョンの率いる先行部隊は所定の位置、ゴブリン達の背後に到着した。
潜伏部隊を森の入り口に隠したルークは囮として森に足を踏み入れる。
囮は相手に警戒心を抱かせてはならない。獲物にしか見えないように振る舞う必要があるので、10人の中で最も非力なルークが自然とその役目に収まった。
もう一人はルークの護衛の為に精鋭が同行しているが、優しい顔つきのせいでイマイチ強さが分からない。
何とも不名誉な理由で囮に選ばれた二人であった。
「ルークフェルト様、あちらをご覧ください。」
護衛が目の前を指さす。そこにはゴブリンがいた。
奥にまだいるのだろう、ざっと見た感じでは5体程しかいない。
まだゴブリンはこちらに気付いていないので近づく。
一歩一歩確実にゴブリンに近付いていく。囮は気付かれなければ意味がない。
ゴブリンがこちらに気付き様子を窺う。まだ近づく。
そしてあと一歩でゴブリンの間合いという所まで近づき足を止めた。
ルークフェルト様…小声で俺を呼ぶ護衛、危険な状態なのは分かっている。だが、引きつけなくてはならない。
ゴブリンが完全に俺達を囲み終わる直前、俺達は一気に振り向いて入り口の方まで駆け出した。
ゴブリンは激昂した。目の前で獲物が二人も逃げ出したのだ。ルークがギリギリまで引きつける胆力を見せた事で、釣り出せたゴブリンは10体全てだ。
その様子を背後から確認していたジョンはすかさず部隊に指示を出しゴブリンの後を追った。
「はぁ…はぁ…よし!全員釣り出せたな!」
俺は内心ガッツポーズしていた。こんなにも作戦が上手く決まるとは思っていなかったからだ。
あとは入り口の伏兵と合流し、ジョンの挟撃部隊を待つだけだ。
「伏兵!今だ!」
草むらに隠れていた伏兵が姿を現す。突然の登場にゴブリン達は驚きを隠せない。が、人数差を理解してからは不敵な笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
ルークも息を整え戦闘に参加する。もう少しでジョンも戻るはずだ。
挟撃部隊が到着する前に交戦が開始される。
本来この作戦は、伏兵を含めた6名より若干多い8体を釣り出して交戦、森に残ったゴブリンを挟撃部隊が殲滅した後にルークと交戦中のゴブリンを挟撃するというプランだったが、作戦が上手くいき過ぎた結果、挟撃部隊が到着するまで想定以上の戦力差に苦戦する事となった。
やっ!たぁっ!一振りを確実にゴブリンに当てていく。ルークは3体のゴブリンを相手にしている。
目の前から突撃するゴブリンをいなし、背後に回って斬る。その隙に振り下ろされた棍棒を籠手で受け止め、脇腹に突き刺していく。
2体のゴブリンとの交戦に一瞬気を取られ、背中を棍棒で殴打される。あまりの激痛に息が出来ず剣を支えに膝をつく。
周りの兵士もまだゴブリンを相手に交戦しており救援の見込みは薄い。
挟撃部隊が戻るまで耐えなくては、気力で立ち上がるもさっきの一撃が思ったよりも効いていたらしく立ち上がるので精一杯だ。
途中まで上手くいったんだけどな…諦めかけていたその時、遠くから号令が聞こえる。
「進め兵よ!これより眼前のゴブリンを打ち破る!!」
ジョンの掛け声に部隊がおう!と呼応し、ゴブリンを背後から攻め立てた。
突然の伏兵に混乱したゴブリン達は脆かった。
ジョンが真っ先に切り込み一太刀でゴブリンを斬り伏せていく。稽古でも見せた事が無い優美で、洗練された美しい太刀筋だった。
形勢逆転により統率を失ったゴブリンを一体ずつ確実に仕留めて全滅させた。
戦果は上々、街道を封鎖していたゴブリンを全て討伐し、俺達の初陣は華々しい初勝利で終わった。
「二人とも初陣ご苦労だった!配下の者より話は聞いている。ルークの作戦とジョンの奮戦が今回の勝利の決め手だとな!いやぁこれで儂も一安心よ!ハッハッハ!」
よほど俺達が初陣で勝利した事が嬉しいらしい。
わざわざ門まで出迎えてくれるなんて普段の父上らしくない。
それに普段は滅多に笑わない父上がこんなにも高笑いしている。
俺も自分に軍略の才能があるんじゃないかと内心浮かれている。
「ん?浮かない顔だなジョンよ。お主もルークのように多少浮かれてはどうだ?初陣でこれほど見事に勝つなど滅多に無いぞ。」
浮かれてるのバレてた…。だが、父上の言う事は最もだ。
隣に立っているジョンは何故か真剣な面持ちで黙っている。
あれほど自信家な男ならもっと誇るものだと思っていたが…。
「勝利に浮かれていない訳ではありません。
きっと初陣で疲れているのでしょう。私は先に休ませていただきますのでこれで失礼します。」
そして立ち去る間際、俺の耳元で部屋で待つと囁き屋敷に入っていった。
疑問を浮かべながらも俺も屋敷に戻り、ジョンの部屋に向かった。
「わざわざ部屋まで呼び出してどうしたんだよ。」
窓の外を見つめていたジョンは俺の方を振り返る。
その眼光の鋭さに思わず息を止めた。
「ルーク、お前も気付いていると思うが、俺はお前に隠し事をしている。本当ならこのまま告げずにいた方が良いのだが、お前の才をこのような田舎で眠らせるなど俺には耐えられん。ならばいっそ、お前も巻き込んでしまおうと思ってな。」
何を言っているのか要領を得ない。だが、何か大事な事を伝えたいのは確かなようだ。
「俺はジョン•ブラウンなどではない。俺は10年前に滅んだオルディア王朝の正統な後継者…レオ•オルディアだ。
ルーク、これより俺の軍師となりこの大陸の全てを共に制覇しよう。
そして大陸を制覇した暁には、宰相として俺の理想国家を共に作ってくれ。」
この日の出来事を後のルークフェルトはこう語る。
これは私の人生を変えただけではない。この世界の運命を大きく変えた告白だったと。
用語解説
連合 オルディア王朝は広大な土地を効率良く治める為、各地の領主達を連合としてまとめていた。王族→貴族→連合会長→連合領主というヒエラルキーが存在する。




