第二十七話 諸侯会議
諸侯会議が始まる。その議題内容は、新たな標的について。
オルディア王国は低い税金とインフラの整備に尽力した影響で諸国から多くの人が集まり経済が発展、その結果、僅か数ヶ月で軍事的、経済的に安定した国家へと成長した。この国力を背景として、レオは戦うべき敵の選定を始めたのである。
「ソラ、地図を」
「はい! 個性発動、拡張幻影」
AR(拡張現実)のように大陸地図が浮かび上がる。南端のエリアが緑色で塗りつぶされており、それ以外が境界線で区切られていた。
「僕の個性で皆さんに分かりやすくしてみましたー! 緑の部分がオルディア王国ですよ!
それでは陛下! あとはお願いします!」
「今回の議題は、内容が内容だけに直前まで情報を伏せていた。よって、この俺が直々に会議を回していく。
さて諸君、我々には4つの選択肢がある。
かつて王朝で財務長官を務めていたマモンザが治めるゴルト国、軍務長官を務めたトールが治めるズィーゲン国、海洋国家マーレカヴァロ、そして魔物連合ディアブルモール。
いずれも安易に敵に回せん相手だ。だからこそ、諸君の知恵も借りて最善の相手を選びたい」
一歩間違えれば、こちらが滅ぼされるかもしれない。国の行く末を決める会議だけあって、議論は白熱した。
「私はやはりゴルト国が魅力を感じますなぁ。商業都市が多く、人口も大陸一! 商人としては是非ともこの市場は抑えたいものです!」
「僕はズィーゲン国ですね! かつて最強の将軍と謳われたトール将軍と僕の銀狼騎士団、どっちが強いのか試してみたい!」
「お主ら、願望ばかり垂れ流してないで真面目に考えろ! 陛下、儂はマーレカヴァロ国こそ攻めるべきかと思います」
「お前こそ真剣に考えているのかアーネント! マーレカヴァロまでの船はどうする? 商船では撃沈されて終わりぞ!」
「気合いでどうにかするのだ!」
それぞれがそれぞれの理由で意見をぶつけ合い、会議は二時間に及んだ。
その間、結論は一切出ず諸将の間にも疲労の色が見え始める。
(どうしよう......諸外国の事を何も分からない......ずっと国内の事で手一杯すぎて勉強してない......頼む、誰も俺に聞かないでくれ!)
「ルーク、お前の意見も聞いてみたい。どう思う?」
「おぉそうだ! ルーク君なら知識もそれなりにあるでしょうからな! 彼の考えも参考になるでしょう!」
「ルークよ、今こそお前の知識を見せる時ぞ!」
「ルーク君! 僕は難しい事が分からないから君に任せたよ!」
(フラグ回収されたぁ~! なんで余計な事考えちゃったんだよ俺!)
全員から期待の眼差しが向けられる。しかし、ルークは何も分かっていないし何も考えていない。
疲労で頭が回らない中で、錆びついた歯車を無理やり動かすように断片的な知識と、会議の中で出てきた単語から自分なりの答えを構築する。
「えっと......俺は、その~......ゴルト国が良いのかなぁなんて思うんだけど......」
「ほう? 理由は?」
「り、理由は......えっと、ほら! 俺達ってこれからも戦い続けていくだろ? だから先立つ物は沢山確保しといた方が良いんじゃないかなぁって......」
「ふむ......」
ルークの頬を冷や汗が伝う。我ながら幼稚な提案だと内心冷笑する。
レオの沈黙も恐らくそういう類のものなのだろう。心臓の鼓動がうるさく聞こえる時間が訪れていた。
「最近、ゴルト国には魔法武器なるものが流通しているようでな。是非とも抑えたいと思っていた所だ。エーゴン、ルークを筆頭にゴルト国に侵攻すべしという意見が多かったが、諸君もそれで構わんか?」
「「「異議はございません、国王陛下」」」
「ならばこれにて会議は終了とする。
次なる敵はゴルト国のマモンザだ! 皆、命令あるまで英気を養っておけ!」
「「「ははっ!」」」
***
「身体が若いからって無茶しすぎた......寝不足があんなに辛かったっけ......?」
ルークは月に数回出仕しており、臣下の中で唯一王宮内に自室を持つことが許されている。
最初は領地に帰れない事を嘆いたルークも、今となっては数少ないリラックスタイムへと変化していた。
「ただいまー......って、誰もいないのに何言ってんだろ......」
「お帰りなさいルーク様!」
「ただいまアリア......え? アリア?」
扉を開けた先には、鮮やかなピンク髪の美しい女性が待っていた。
散らかっていた部屋の私物は整頓され、テーブルに置かれている紅茶には湯気が立っていた。
「あの......なんでいるんですか?」
「妻だからですけど?」
「全然理由になってないし......屋敷にいるはずじゃないんですか?」
「会えないのが嫌で抜け出してきちゃいました!」
「なにしてんの!?」
本来、アリアはルークが不在の間、代理領主としてガナン地方を治める責務があった。
領主の妻は相応の教養と実務能力を求められる。特にルークのように新米領主なら家族に支えられなければ領主として生活する事が出来ないのだ。
――9時間前、ルークの屋敷
『はぁ......ルーク様が恋しい』
『まだ見送って1時間しか経ってないんだけど?』
『寂しいものは寂しいんです! エストリヤには好きな人がいないから分からないんですよ!』
『おうおう言ったな小娘! お姉さんの心をしれっと抉ってくるとは随分性悪になったじゃんか!』
名付けるのであれば「ルーク依存症」といった所だろうか、アリアは人生で恋というものをした事がない。
蝶よ花よと育てられた彼女には恋愛の匙加減が理解できなかった、結婚してからというもの、その愛は日に日に激しくなり、恋心は脳すらも焦がしていた。
『私......ルーク様に会ってきます!』
『はいはいどうぞお好きに......いやいやいやいや、駄目だよ!? 何を言ってるのかなアリアちゃん!? フィアンセ君から領地任されてるじゃん! 自覚持って!? あなたは領主の穴埋め! それもいなくなったら誰が政務を執り行うのさ!?』
『だってー! 寂しいんですよー! 会いたい会いたい今すぐ会いたい!』
『あー駄目だこいつ、好きな男の事だと馬鹿になるタイプだ手に負えねー』
『もう時が惜しいです! ここの事はセナ達やリナさんに任せれば何とかなります! バンジェロさんもいるから大丈夫です! じゃあ私行ってきますね!』
電光石火の速さで支度を整え馬に乗るアリア、これほど素早く的確に動くことは熟練の盗賊でさえも困難なことだ。
エストリヤが状況を理解するのに要した時間は2秒。しかし、この2秒の差が致命的となった。
(早っ! あの色恋バカを止めないと!)
『って遠くね!? もうあんな所まで行ってんの!? ......ご愁傷様フィアンセ君、せめて安らかに枯れ果ててくれたまえ』
***
「という事で来ちゃいました! ルーク様......今夜も、よろしくお願いしますね」
これから起こるであろう肉体的ストレスを感じ取った時、またそれが限界を優に超えるものであると認識した時、人間の肉体は一体どうなるのだろうか。
一ヶ月の激務に耐え、人間の死に耐え続けた自分に耐えられないものなど存在しない。
ルークは驕っていたのだ、自分のキャパシティの限界は遥かに大きく深いものであると錯覚していた。
だが、ルークが感じ取り耐え抜いていたストレスは、必ず終わりが存在するものに対するストレスであり、終わりが見えないものに対するストレスは決して高くなかった。
気付いた時には彼の視界は漆黒に覆われていた。五感の全てが消滅し、ただ闇だけが広がる。
そう、ルークは失神していたのである。
「ルーク様!? 一体どうなさったのですか!? ルーク様、ルーク様ー!?」
その日、ルークは獣に食い荒らされる事なく久しぶりの安眠を手に入れたのである。




