第十六話 ルーク君の楽しい領地経営その1
オルディア王宮(旧アランドゥ邸)から南東に40km、ローズロック領とオスワルド領の境目に位置するファイスト村を目指して、ルークは馬車に揺られていた。
(長閑だなぁ。書類と向き合わない時間がこんなにも良いものだなんて)
いつの間にか、前世と同じく書類とにらめっこを続ける日々を送っていたルークに束の間の安らぎが訪れた。
窓の外に見える田園は雑多な日々など存在しないかのように、ただそこに青々と茂っているだけであった。
「ファイスト村って聞いた事無いんだけど、やっぱめっちゃ田舎なのかなぁ?
王子様の隣でエリート街道を歩むはずだったフィアンセ君が、突然田舎の領主に左遷されちゃうなんて......アリアちゃんのお先真っ暗だ!!」
「そんな事ないですよエストリヤ、旧シクタカ領は特別な資源などはありませんでしたが豊かな穀倉地帯として有名で、ファイスト村もその内の一つです。なので税で困るといった事は少なく、比較的統治しやすい土地のはずです。なので田舎で貧しい暮らしをするといった事は心配しなくて大丈夫ですよ」
馬車の中にはルークだけでなく、アリア、エストリヤ、そしてステラの3人も同乗していた。
ステラを救出して以降、事務仕事に追われていたルークは3人と会う事が無く、馬車の前をなぜか3人が塞いで強引に乗り込んできたのである。
「あのさ、何でいるの? アリアもそうだし、お前ら姉妹は余計なんでだ? もう奴隷でもないだろ?」
エストリヤはガウト高原の戦いの後、連合内各地で仕入れた情報をレオに献上。
土地の特性や領主の情報など、裏のネットワークで入手した情報なども伝えた功績を認められ、オスワルド家の奴隷から客人の身分となっていたのだ。
「そりゃあもちろん、フィアンセ君を誘惑したらアリアちゃんの面白い反応が見れるから~!
ていうのは冗談で~、本当はステラの事を考えてなんだよね。
今は街の喧噪や裏社会の中で生活するより、田舎でゆっくり英気を養った方が良いかなって思って。
自分勝手なお願いだからフィアンセ君のお仕事は出来る限り手伝うよ。それじゃ駄目かな?」
「わ......私も、ルークお兄さんの為に頑張ります!」
見ず知らずの土地に一人で行くのは心細かったルークにとっても渡りに船だった。
気心知れた仲間が一緒なら統治も捗るはずだと自分を納得させる。
「まぁ、そういう事なら......丁度人手も欲しかったし頼りにさせてもらうよ。
それで、アリアはどうして?」
「もちろん、私はルーク様の妻になる女ですからね! 夫の行く所なら何処へでも参ります!」
「いよっ! 良妻賢母!!」
自信満々に胸を張るアリアと、どこから取り出したのか紙吹雪を散らすエストリヤ。
この二人を見ているとどうにも気が抜ける。穏やかな時間を過ごす幸せを噛みしめていると、馬車は目的地に辿り着き停止した。
「ここがファイスト村......」
なんの特徴も無いただの田舎の村としか形容できないような村だった。
4人が村の中を進んでいると、ルークの目の前に人だかりが映る。
さらに近づくと老夫婦を先頭に数十人の村人たちが4人を待っているようだった。
「ルークフェルト様、ようこそファイスト村へおいでくださいました。
私は村長のナルリックと申します。こちらは妻のニージャ、長旅お疲れの事でしょう。
饗応の準備を進めておりますので、支度が整うまで我が家でゆるりとお過ごしください」
村長夫妻が頭を垂れると村人たちも一斉に頭を下げる。
「頭をお上げくださいナルリックさん、皆さんも出迎えていただき感謝いたします。
オルディア陛下の命により、この地を預かる事になったルークフェルト・ローズロックです。
後ろに控えるのは許嫁のアリア、従者のエストリヤ、ステラです。
我々はこの村の事を何も分からないので、皆さんから色々と学ばせてください」
ルーク一行は村長の案内に従い村長宅へ訪れる。
暫くの歓談のあと、陽が沈みだすと豪勢な食事が運び込まれた。
「さぁさ皆の衆、領主様に心ゆくまで楽しんでいただくぞ! ありったけの飯と酒を用意せい!」
倹約続きだった王宮での暮らしから想像も出来ないほど色とりどりの料理が並ぶ。
5mはあろうかという長テーブルが全て埋まるほどのボリュームに4人は度肝を抜かれていた。
そして宴会が始まる。
楽器を手に演奏する者、それに合わせ踊る者、歌う者。
趣きの異なるもてなしを受けながら美食と美酒に酔いしれる時間は極楽と言っても過言ではなかった。
突然、ルークの隣に座っていたアリアが膝の上に乗りルークに抱きつく。
驚きながらアリアを見ると顔が紅潮し、目が半分虚ろになっていた。
「ルークしゃまぁ~、ろ~ひてアリアをまだ妻に迎えてくれないんれすかぁ~?
アリアはこ~んなに待ってるのに、いっつもレオしゃまと一緒にいて~そんなにレオしゃまがおしゅきなら、わらひよりレオしゃまと結婚しゅればいいんれすよぁ!」
「あ、アリア!? なんでそんな泥酔してるんだ!? もうそんなに酒を......!?」
ルークがアリアの席に目をやると、グラスに注がれた酒は半分も減っていなかった。
(下戸かよ!)
新任初日に恥を晒すわけにはいかないと、レオはエストリヤ達に助けを求める。
しかし、エストリヤはニヤつきながら映写魔法を使用してこの光景を撮影しており、ステラは口元に手を当てて凝視するばかりであった。
(くそっ、あいつら使えねぇ! このままじゃ駄目だ......せっかくの宴で申し訳ないけど、早々にアリアを休ませよう)
「ごめんなさいナルニックさん、どうやら潰れてしまったようなので休める部屋が欲しいのですが、
どこか空いてる部屋などありますか?」
「あぁ、それならこの部屋を出て左奥の部屋が空いておりますので、そちらをお使いください」
ルークはナルニックに礼を言ってアリアを背負うと、教えてくれた部屋に入りアリアをベッドまで運ぶ。
部屋を出て宴の場に戻ろうすると、強い力で引っ張られアリアの上に倒れ込む。
とても泥酔した人間とは思えない力で抱きしめられ、抜け出せないでいるとアリアがうわ言のように何かを呟いていた。
「やっと......一緒に......ずっと......お側に......」
その言葉を聞いたルークは長い間寂しい思いをさせた事を悔やみ、アリアを抱きしめる。
すると次第に力が弱まり、アリアはそのまま深い眠りに落ちていった。
「あんなに可愛い女の子を放っておいて、他の男に夢中だなんてフィアンセ君は罪な男だね」
部屋を出ると目の前にはエストリヤが立っていた。
「アリアちゃんはね、アタイ達の護衛をしたらすぐにフィアンセ君に会えると思ってた。
でも君は家に帰らないでずっと王子様と一緒にいたよね。あの子がどれだけ心配して君に会いたがってたか知らないでしょ? 君の家までなら近くて良いけど王宮までは遠くてそう簡単に行けないんだからね。
あの子は偉いから、君の立場も尊重して我慢してたんだけどね。
今度は領主として別の所に行くって言うじゃんか? 流石にアリアちゃんが可哀想だよ。
アタイは政治なんて知らないから好き勝手言ってるだけなんだけどさ、隣にいる人を悲しませないで」
返す言葉も見つからない。たった一日の戦いが、連合を崩壊へと至らしめ勢力図を大きく変えた。
その混乱を一日も早く収束させる為、1ヶ月休みなく朝から晩まで書類整理に明け暮れていた。
そのせいで俺はずっとアリアの事を後回しにしていた。
「しばらくは領地の把握に努めるつもりだ。
それまでは一緒にいられるし、近い内に王宮付近に屋敷を構えられないかレオに打診する。
そうなったら結婚して一緒に暮らすよ」
応接間にて、引き続き宴が行われていた。ルークは先ほどの非礼を詫びて席に戻る。
「先程はすいませんでした。
ところでお聞きしたいのですが、どこかに前任の領主の屋敷などはありますでしょうか?
当面の間はこの地で領主として統治を行う以上、ナルニックさんのお屋敷にお世話になる訳にはいかないので」
その言葉を聞くと夫婦は青ざめた顔で目を見開く。
「あの、ルークフェルト様......そのお言葉は本当でしょうか?」
「え? はい......そうですが?」
翌日、4人は旧領主の屋敷に案内された。だが、長い間使われていなかったのだろう。
老朽化が激しく屋根は崩れており、壁はつる草が覆いつくしていた。
「申し訳ございません......! シクタカ様は時折税の徴収で代官を一日派遣するのみで誰かを常駐させる事が無かったものですから、今回もそうなのかとばかり!」
ナルニックは土下座して謝っていた。これまでがそうだったのなら勘違いしても仕方ない。
気を取り直してまずは屋敷の修繕に取り掛かろうとも思ったが、
これほど崩壊していてはどこから手を付けて良いか分からない。
(参ったな、修繕にしろ新築にしろ村民に最初から負担を強いてしまっては関係性が悪化してしまう。
外部から業者を呼ぶか? 資金はどうする? まだこの村から税を徴収するには早すぎるし、そんな蓄えもない......)
「ルークお兄さん、私に考えがあります。この屋敷の見取り図ってあったりしますか?」
頭を抱えていたルークにステラが声をかける。ナルニックに頼んで見取り図を持ってきてもらった。
「見取り図なんて見て何をするんだ? そんなのがあっても現状じゃどうにもならないぞ?」
「私、お屋敷に囚われていた時にティーカップを壊してしまった事があるんです。
その時、修復魔法を使ったら綺麗に元通りになって、もしかしたらこのお屋敷も元に戻るかもしれません」
そんな事できるわけがない。
ティーカップと屋敷は全くの別物だし、普通の人間が屋敷のように大きなものを復元できたという話は聞いた事が無かった。
「創造魔法、再創造」
ステラが魔法を唱えると崩壊した廃墟がみるみると修復され、1分もしないうちに立派な屋敷へと生まれ変わっていた。
世の中には、個性持ちとは別に、魔法の才能が特別秀でた人間が存在する。
魔法は日常の些細な不便を解消するものだが、魔法の才能が優れた人間はその規模も規格外だ。
そういう人間の事を、人々は畏敬の念を込めて”魔法使い”と呼ぶ。
世界観説明:成人年齢
この世界の成人は男性が16歳、女性が14歳である。
成人を迎えた男女は就職、結婚、飲酒が認められる。




