第十一話 開戦
エストリヤは闇夜の中を駆け出していた。
「はぁっ......はぁっ......フィアンセ君......ずいぶん軍師が板に付いてきたじゃん!
夜の内に小勢で兵を整えて現地で合流?
ははっ! その読みは誰もしてなかったねっ!」
エストリヤは速度を上げる。
ルークの作戦が上手くいけばアランドゥ軍は突然現れたオルディア軍に対処出来ない。
数が多い分、何処かで綻びが生じれば一瞬で崩れる。
「そこのレディ! 止まりたまえ!」
急ぐエストリヤの前をブレイブが立ち塞ぐ。
「こんな夜更けにどこに行くんだ? 君のような女性が一人で出歩くのは危険だ。僕がお供するから一緒に戻ろう」
「......ありがたいお誘いだねぇ。お姉さん嬉しくなっちゃったよ♪
でもね、ちょ〜っと急いでてさぁ。
この先の市場で売られてるソーセージが人気だから今買わないと間に合わないんだよねぇ」
エストリヤはそのまま軽やかな足取りでブレイブの側を通り過ぎようとする。
「そういう事だから! おやすみナイト君♪ 明日の活躍を楽しみにしてるね♪」
「ほう? 夜食を買いに行くのか......それは良いな!
だが今は0時、この先の市場は閉まっているはずだ。
アランドゥ領を除けばな!」
ブレイブがエストリヤに向かって斬りかかる。
「......っ!」
「ほう、躱すか! 僕の初撃で死なない奴は初めてだ! だが完璧ではないようだな?」
エストリヤは右腕を庇ってよろめく。
(マズイなぁ......ナイト君は王子様より強い、アタイもう逃げられないかも)
「レディ、その様子ではアランドゥの間者だな。
女性に手荒な真似はしたくない。頼むから大人しく捕まってくれないか」
ブレイブがエストリヤを掴み縄にかけようとした瞬間、エストリヤは袋を取り出し痺れ粉をブレイブの顔面にかける。
「モロに食らったね! 裏切るような真似したのは悪いと思ってるけど、アタイにも事情があるんだ!」
エストリヤは盗賊神を発動しその場を離れようとする。
だが、ブレイブはエストリヤの肩を掴んで振り向かせ、拳を腹に叩き込む。
「......かはっ!」
「悪いがレディ、僕にこの手の小細工は通じないぞ」
気を失ったエストリヤを担ぎ、ブレイブは屋敷に向かう。
屋敷の中で、エストリヤは拘束されルーク達の前に引きずり出された。
「随分みすぼらしい姿になったではないかエストリヤ。
貴様のきな臭さは勘付いていたが間者だったとはな」
レオの問いかけにエストリヤはそっぽを向いて答えようとしない。
「エストリヤがスパイだったなんて......」
衝撃の事実に俺は驚きを隠せなかった。
だけど、元々素性の怪しい人ではあったから可能性としては無くはない話だった。
既にどこまで敵に情報が洩れているか分からない……これ以上情報が洩れる前に……
「随分恐ろしい顔をしているな我が軍師」
レオの言葉にルークは我を取り戻す。
仮にも仲間として過ごしていた人に対して自分がしようとした事を考えると、自分で自分が怖くなる。
「考えている事は分かるが、こいつが流した情報などある程度頭が回れば想像がつくものばかりだろう。
むしろ重要なのはここからの情報だ。わが軍の作戦が洩れる前に拿捕出来た事は非常に大きい」
レオはエストリヤの前でしゃがみ込む。
「エストリヤよ、俺はお前が間者で俺達の情報を流していようと貴様を罰す気はない。
だがな、俺達を欺いた報いを受けさせなければ示しがつかん……フォントルを売れエストリヤ」
エストリヤの表情が途端に曇る。
「……残念だけど、アタイはフォントルを裏切れないよ......」
「何故だ? 貴様がそこまでフォントルに忠を尽くす理由を言え。
ルークの作戦は知っているだろう。敵は大軍と言えど烏合の衆、隙を作り付け入れば勝機は十分にある。
貴様の頭なら理解できない話でもあるまい」
エストリヤは再び口を閉ざす。
まるで後頭部に銃を突きつけられているかのような表情で何も喋る事がなかった。
「……人質、エストリヤさんは誰か近しい人を人質に取られているんじゃないか?」
ルークの言葉にエストリヤは思わず顔を上げる。
図星だ、エストリヤの表情でルークは確信する。
「教えてくれエストリヤさん、誰を人質にされているんだ?」
「……妹が、フォントルの人質になってて……アタイそれで従うしかなくて……」
エストリヤは妹の事、これまで流した情報の事を話した。
だが、やはりアランドゥ軍の情報についてだけは頑なに言葉に出す事は無かった。
エストリヤさんにとって、今の状況はきっと悪夢だろう。
俺達の作戦が成功すれば敵は大混乱に陥る。
そうなれば、この作戦を知らせなかったエストリヤさんは役立たずと判断され妹を殺されてしまう。
「なぁエストリヤさん、俺と一緒に妹さんを助けに行かないか?」
「……フィアンセ君、それ本気で言ってる? アタイはあんた達を裏切ってたんだよ?」
「あぁ知ってる。でもそれは妹さんの為に仕方なくやってたんだろ?
レオが罰する気が無い以上、俺はその判断に従う。
妹さんの存在が原因で協力出来ないなら、俺が妹さんを取り戻す。
だから、フォントルを裏切ってもう一度仲間になってくれ」
エストリヤは深くため息をついて笑う。
「全くとんでもない軍師だねぇフィアンセ君は。
アタイの妹……ステラを助けたらまた協力してあげるよ」
俺達はエストリヤさんの妹ステラさんの奪還作戦を計画した。
そして、軍備を進める一方で俺とエストリヤさん、そしてアリアの3人は密かにアランドゥ邸で幽閉されているステラさん奪還の為に一時別行動を取り、後の準備をレオとブレイブさんに任せた。
「二人とも全力でついてきて! あと数時間で夜明けになる!
戦が始まったら間に合わなくなる! 開戦前に何としても屋敷に行くよ!」
エストリヤは盗賊神を発動し最高速度で移動する。
ルーク達も遅れまいと全力で馬を飛ばすのだった。
――午前5時、アランドゥ邸
「フォントル様、先刻放った密偵が未だ戻っておりませぬ。
敵の動き、警戒しておいた方がよろしいかと」
長身の男がフォントルの後ろで跪き警告する。
「カスローザよ、お主はいつも慎重だな。だが、今回はそんな必要もない。
アレの送ってくる情報は正確そのものだ。今のところ心配するような事はない。
今回の戦は戦とは名ばかりの虐殺よ。
策も警戒も最小限でいい。軍師たるお主には退屈な戦となってしまったな」
カスローザと呼ばれた男は軍師としてフォントルに長年仕え続けてきた。
カスローザは顔を上げ、冷静にフォントルを諭す。
「窮鼠猫を嚙むという言葉が東の果ての地にございます。
小勢とはいえ粒ぞろい、ゆめゆめ油断などなさいませぬよう。
それに密偵が戻らぬという事は、普通に考えれば敵に動きが無いという事ですが、
あの王子の事ですから密偵の存在に気付いた可能性がございます」
「随分と王子を買っているな。それほどの男とは思えんが?」
「私の記憶通りの男ならば……の話ですがね」
そう言い終わると、カスローザは立ち上がる。
「そろそろ出陣のお時間ですね。
私は待機を命じられていますので、ここが誰にも攻められぬよう守備を固めておきます。
大事な宝もございますので……」
「大事な宝とは?」とフォントルは不思議そうな顔で問う。
フォントルにとっての宝はあれど、カスローザにとってそれは宝ではないはずだ。
「ステラ……ですよ。あの女一人で優秀な密偵をいつまでも雇っていられるのですから、これほど大事な宝はございません」
カスローザはそう言い残し、部屋を後にする。
フォントルも出陣の準備を始めた。
午前6時、アランドゥ軍は総勢1万の兵を動員し、ガウト高原を抜けてローズロック領を目指す。
ガウト高原に差し掛かろうとした時、物見が大急ぎでフォントルの下へ駆けつけた。
「ご報告します! 前方にオルディア軍! その数およそ3千!
陣を展開し、我らを待ち構えております!!」
オルディア軍の唐突の出現、その報せに全軍に動揺の色が見える。
しかし、一番動揺していたのはフォントル本人であった。
(何故だ……! 何故オルディア軍がここにいる! まだ軍備は間に合っていなかったのではないのか!?
いや、仮に間に合ったとしても、どうしてここにいる!? エストリヤは何故この情報を報せなかった!!)
フォントルは焦りを隠せていなかった。
「裏切りおったな! エストリヤぁぁぁ!!」
レオは騎乗で剣を抜き、天に向かって振り上げる。
「全軍! 死力を尽くし、フォントルの首を取れぇ!!」
新皇暦元年、この日歴史が動いた。
オルディア王朝を超える巨大国家”オルディア帝国”が誕生するきっかけ、
”ガウト高原の戦い”の火蓋が切って落とされたのだ。




