二人の夫
貴族たちの質問が終わると、彼らは私に何の力も備わっていないと判断した。
王宮で保護する必要はない――そう断じられ、私はあっさりと解放されることになった。
「えっ……いいんですか?」
あまりにも拍子抜けした対応に思わず口をついて出ると、貴族たちは面倒そうに首を縦に振り、もはや私には興味がないと言わんばかりにコンラートさんへ視線を移した。
「参りましょう、アリサ殿」
再びコンラートさんに案内されて部屋を辞す。小さく「お邪魔しました」と声をかけると、数人の貴族が驚いたようにこちらを見たが、それだけだった。
廊下を歩く途中、コンラートさんに声をかける。
「あの、さっきは庇っていただいて、ありがとうございました」
「勿体なきお言葉です」
柔らかく微笑むコンラートさんは、「この後はどうされますか?」と問いかけてきた。
「……アルベルトさんのところに戻っても、ご迷惑ではないでしょうか?」
私には特別な力など何もない。ただあの屋敷で下働きのようなことをしているだけだ。貴族たちの冷たい視線にさらされたせいか、胸の奥に自信のなさが広がっていた。
「もちろんです。アルベルト殿も喜ばれます」
当然のように頷くコンラートさんの言葉に背中を押され、私はアルベルトさんの屋敷へ戻る決心を固めた。
屋敷に着くと、アルベルトさんは笑顔で両手を広げて迎えてくれた。その温かな笑顔に胸が熱くなる。
「よく戻った。王宮で問題はなかったか?」
「はい、コンラートさんのおかげで何事もありませんでした」
そう答えると、アルベルトさんは「そうか」と頷き、笑みを深めながらコンラートさんの背を豪快に叩いた。
だが、そこでコンラートさんが口を開く。
「しかし一点、困ったことが……」
私が首を傾げ、アルベルトさんが眉をひそめる。
「アリサ殿は成人されているそうです」
「やはりそうか……」
二人のやり取りに意味が分からず視線を彷徨わせると、コンラートさんが静かに告げた。
「この国では、成人――十五歳を超えた女性は、夫を二人以上持つことが義務なのです」
思考が止まった。
十五歳で成人、それと同時に結婚が義務づけられ、しかも夫は二人以上。日本の常識では考えられない制度に、言葉を失った。
「……もしかしてそれも、女性が少ないからですか?」
この世界の女性は一割だとアルベルトさんが言っていた。
普通に一対一で結婚すれば、この世界の男性の大半は未婚になってしまう。その不均衡を埋めるための制度なのだろうか。
「あぁ、その通りだ。義務は二人以上だが、十数人以上の夫を抱える女性も珍しくない」
アルベルトさんが頷き、さらに予想外の事実を告げる。
私は呆然とするしかなかった。
「……どうしよう」
この世界で知り合いといえば、アルベルトさん、コンラートさん、そして屋敷の使用人の方々くらい。結婚を頼めるほど親しい相手など、いるはずがない。
「なに、簡単だ。俺とコンラートを夫にすればいい」
「ええっ!?」
あまりにも軽やかに放たれた提案に、声が裏返った。
会って一月ほどのアルベルトさんと、今日出会ったばかりのコンラートさん。そんな二人と結婚するなど、あまりにも現実味がない。
「結婚はひとまず形式的なものでいい。俺たちは事情を周知しているのだから、君に無理やり迫ったりはしない。都合がいいだろう?」
「そうですね、一番安全かと」
コンラートさんまで頷き、あっという間に味方を失った私は困惑を隠せなかった。
結婚ってそんなに簡単に決めていいものだっただろうか。いや、そもそも──
「それでは、お二人に迷惑をかけるだけじゃないですか」
私にはメリットがある。だが彼らにとってはただの重荷ではないか。
そう告げると、アルベルトさんは笑みを浮かべ、コンラートさんは目を見開いた。
「──いや、俺たちにもメリットはあるぞ。なあ、コンラート?」
「えぇ、この国の男性が喉から手が出るほど欲しいものが手に入ります」
二人の発言の意図が読めずに首を傾げる私に、アルベルトさんが続ける。
「アリサ、難しく考えなくていい。君の立場や生活は変わらないし、俺たちもそれは同じだ。戸籍上の夫婦となるだけ、簡単だろう?」
「でも……」
もし重婚が許されていなければ、二人は私のせいで好きな人と結婚できなくなるかもしれない。胸が痛む。
「アリサ殿。あなたの心遣いは嬉しいですが、私はこの国では“行き遅れ”の身です。我々のことはどうかお気になさらず」
コンラートさんの言葉に息を呑む。
こんなに誠実で立派な人が行き遅れだなんて信じがたいが、隣のアルベルトさんも頷いているので事実なのだろう。
悩み抜いた末、私は小さく笑って答えた。
「……じゃあ、離婚したくなったら遠慮なく言ってくださいね」
そうして三人の間で取り決めがなされ、私は形式上、二人の妻となることになった。