騎士の庇護
数日後、王宮からの迎えの馬車が来た。
緊張する私の肩をアルベルトさんが支えるように抱き、その安心感に小さく息をつく。
馬車から降りてきたのは、軍服を纏った壮年の騎士だった。
濃紺の詰襟の上衣は身体に沿うよう仕立てられ、金糸の刺繍が襟元と袖口を飾る。その服装の上からでも、彼の鍛え上げられた体躯が伝わってきた。
「はじめまして、アリサ殿。コンラートと申します」
「あ、はいっ。よろしくお願いします!」
丁寧に礼をした騎士──コンラートさんに、思わず背筋が伸びる。頭を深々と下げて礼をすると、コンラートさんは驚いたように目を見開いていたが、やがて人好きする柔和な笑みを浮かべる。
「では、よろしく頼む。分かっているとは思うが、傷ひとつ負わせるな」
「もちろんです、命に変えてもお守りいたします」
アルベルトさんの低い声に、コンラートさんが頷く。
頭上で繰り広げられる、親しさを感じさせながらも真剣なやり取りに身が引き締まる。
馬車に乗り込み、アルベルトさんの見送りを受けて屋敷を立つ。遠くなっていく屋敷とアルベルトさんに、心細くて胸がきゅっと引き絞られるようだった。
思わず手を握りしめる私に、コンラートさんが優しく微笑んだ。
「ご安心ください、アリサ殿。この世界において女性は敬い庇護すべき対象です。王宮も、あなたを乱暴に扱うことはありません」
「……はい、ありがとうございます」
優しい笑みと言葉に、心が和らぐ。
コンラートさんは王宮に着くまでの間、私の気が紛れるようにだろう──王都で流行している劇や市井の話を聞かせてくれた。
やがて馬車は白亜の巨城――王城へ辿り着いた。
積み上げられた石造りの正面は整然と並び、巨大な建物全体がひとつの彫刻のように美しく形作られている。その威容に思わず息を呑む。
城門を抜け、大理石の床を踏みしめれば、内部は外観以上に壮麗だった。
高い天井の白漆喰には金の縁取りが施され、巨大な水晶のシャンデリアが星空を閉じ込めたかのように煌めいている。
「……すごい」
感動で思わず声が漏れる。
周囲を見渡して息を呑む私を、コンラートさんは急かすことなくゆっくり案内してくれる。
招かれたのは、温かな気配を湛えた部屋だった。
壁は淡いクリーム色の布張りに金のモールディングが施され、窓辺には深紅のカーテンがゆるやかに垂れ下がっている。
そこに集う数人の貴族たちがゆっくりと礼をする。慌てて深く頭を下げると、最年長の人物が重みのある声で口を開いた。
「よくぞお越しくださいました、アリサ殿」
しかし、その声音にも視線にも、アルベルトさんやコンラートさんのような温かさはなかった。探るような、見定めるような冷たい光を帯びている。
緊張する私の背に、優しくコンラートさんの手が優しく添えられる。それだけで冷たい視線にさらされた体が、少し心が温まるようだった。
それから席に着くと、貴族たちは矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
私の住んでいる国のこと。ここに来た経緯。神の信託や、特殊な力を授かったのか。
私はゆっくりとできるだけ真摯に答えたが、質問に答えていくうちに貴族たちが落胆するのを肌で感じた。
やがて貴族の一人が「本当に異界から来たと証明できるのか」と冷たく問う。できないと首を振る私に、「本当に異界から来たのか?」とさらに冷たい声をかけられる。思わず身をすくめた私に、コンラートさんが口を開いた。
「無礼を慎め。彼女はアルベルト殿の屋敷で保護されている客人だ。礼を失するなら、私が黙っていない」
コンラートさんの一喝に、貴族は怯んで咳払いをし、「……失礼した」と形式的に謝罪した。
それ以降の質問から、あの露骨な冷たさは消えていた。