冬に編む想い
秋が深まり、朝晩の空気は日に日に冷たさを増していた。
屋敷の石造りの廊下にも冷気が染み込んでいるようで、薄布のドレス一枚では心許ない。
そんな折、アルベルトさんが静かに口を開いた。
「アリサ。そろそろ冬の衣を仕立てよう。……君がこの家に来た時に贈ったものは、布地が薄すぎる」
思わず胸が熱くなる。あの服は、見知らぬ世界で戸惑っていた私に与えられた“居場所の証”だった。
「……あの服、とても大事に思っているんです」
小さく告げると、アルベルトさんは柔らかく微笑み、コンラートさんが穏やかに続ける。
「大切にされるのは喜ばしいことです。ただ、このままでは寒さが身を削ります。どうか私たちに、あなたを守らせてください」
胸に温かさが広がった。――こうして私は、仕立てのため商人を屋敷に呼ぶことになった。
数日後、応接間の机には色とりどりの布地が広げられた。
深紅のベルベット、藍色のウール、柔らかな乳白色の毛織物。光に照らされ、それぞれが美しく輝く。
商人が布を一枚ずつ説明する間、アルベルトさんは腕を組み、私の肩越しに布を吟味する。
「この色は君の瞳を引き立てるな」
「こちらの白は肌の美しさが際立つ」
真剣に議論しているはずなのに、視線があまりに熱くて、私はどうしても居心地が落ち着かなくなる。
「そ、そんなに大げさに選ばなくても……私は、どれでも」
困惑して言うと、アルベルトさんがふっと笑みを浮かべた。
「どれでも、では駄目だ。君には最も似合うものを選ばせてもらう」
一方でコンラートさんは静かに布を撫で、落ち着いた声で言った。
「……身に纏うものは、心を守るものでもあります。だからこそ、私たちが誠意を尽くしたいのです」
胸がじんわりと温まり、言葉を失った。
布選びがひと段落した頃。ふと机の隅に見慣れないものが置かれているのが目に留まった。
「……あの、毛糸はありますか?」
商人が目を瞬き、慌てて包みを取り出す。
艶やかな深緑と、落ち着いた葡萄色の毛糸玉。手に取ると、指先にやわらかな温もりが伝わってきた。
「それに、棒針も……」
少し照れながら言うと、アルベルトさんが首を傾げる。
「裁縫道具なら既に揃えてあるだろう? 何を作るつもりだ?」
胸が熱くなるのを感じながら、思い切って答えた。
「……二人に、贈り物を編みたいんです。冬を温かく過ごせるように……マフラーを」
沈黙。驚いたように目を見交わした二人が、やがて同時に微笑む。
アルベルトさんは低い声で囁いた。
「……そんなものをもらえたら、この冬、俺は誰よりも誇らしい男になるな」
一方、コンラートさんは少し視線を伏せ、柔らかな声を添えた。
「想いの込められた贈り物ほど、尊いものはありません。……その手で編んでいただけるなら、私はそれだけで十分です」
胸がいっぱいになり、思わず糸玉を抱きしめた。
やがて商人が退出すると、応接間には三人だけが残る。
「……どんな柄にしようかな」
呟いた私に、アルベルトさんが笑みを浮かべる。
「君の好きにすればいい。何であれ、大切にする」
コンラートさんも真剣に頷いた。
「ええ。どんな形であろうとも、それは私たちにとってかけがえのないものになります」
秋の終わりを告げる風が窓を揺らす。
けれど胸の奥には、糸のように温かな繋がりが編み込まれていくような心地が広がっていた。




