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噂より甘く

 舞踏会の喧騒は続いていたけれど、私の世界は二人の声と眼差しだけで満たされていた。

 遠巻きに見ていた令嬢や紳士たちがひそひそと囁き合うのが耳に届く。


「やはり……異界の奥方様は特別だ」

「旦那様方のあの様子を見よ。まるで宝物を抱くかのように」


 そんな言葉すら遠い。今はただ、二人に守られていることだけが胸を熱くした。


 その後、ようやく解放された私は三人で控えの間へ移り、深く息を吐いた。


「……息が詰まりそうでした」


 愚痴のように零すと、アルベルトさんが微笑を浮かべ、グラスの水を差し出してくれる。


「君はよくやった。誰にでも同じ顔を見せるわけではないからこそ、余計に惹きつけられるんだろうな」


 穏やかな声に、頬が熱を帯びる。

 一方でコンラートさんは椅子に腰掛け、落ち着いた眼差しで私を見守っていた。


「ただ……過剰な注目は時に危うい。今夜のように守りを固めるのは当然ですが、アリサ殿が疲れてしまわぬよう気をつけねばなりません」


 真摯な声音に、私は胸の奥がじんわり温まる。


「……ありがとうございます。お二人がいてくださるから、大丈夫です」


 そう言うと、二人は同時に視線を交わし、柔らかに微笑んだ。

 その眼差しは、舞踏会の華やぎよりも眩しくて――。




 帰りの馬車の中。

 窓の外では夜風が木々を揺らし、月明かりが道を照らしている。

 私は二人の間に座り、胸に積もった緊張がようやく解けていくのを感じていた。


「……やっぱり、社交界は慣れません」


 ぽつりと呟くと、アルベルトさんが肩を抱き寄せて囁いた。


「慣れる必要はない。君が君らしくいればいい。俺たちが必ず守る」


 その声に心臓が跳ねる。

 反対側ではコンラートさんがそっと毛布を掛け、真っ直ぐに見つめてくる。


「……今夜のあなたは、誰よりも美しかった。どうかそのことだけは覚えていてください」


 胸の奥が甘く満ちて、目頭が熱を帯びる。

 頬に当たる夜風よりも、二人の温もりがずっと近くて。


 やがて瞼が重くなり、意識がとろけていく。

 ――社交界の煌びやかさよりも、この瞬間の安らぎこそが、私にとっての宝物だった。




 翌朝。

 朝の光が差し込む食堂で、私は湯気の立つお茶を口にしていた。

 けれど、向かいに座るアルベルトさんがさらりと告げた言葉に、思わず咳き込みそうになった。


「……昨日の社交界での君の姿は、すでに王都中の話題になっている」


「えっ……!?」


 カップを置いて目を見開く私に、彼は苦笑を浮かべながら続ける。

「“異界の奥方は篝火よりも輝いていた”だとか、“女神の加護を受けているに違いない”だとか……噂好きの貴族どもは誇張した言葉を競っているらしい」


「そんな……私はただ、普通にしていただけで……」


 驚きと困惑で胸がいっぱいになり、視線を落とす。

 煌びやかな舞踏会で自分がどう映っていたのか、正直なところ想像もつかない。

 ただ人に囲まれて、必死に笑顔を保っていただけなのに。


「仕方がありません」


 穏やかな声が横から差し込んできた。

 顔を上げると、コンラートさんが静かに微笑んでいた。


「アリサ殿、あなたが“普通に”振る舞っただけで、人は惹かれるのです。優しさも、ひたむきさも……隠そうとしなくても、自然と溢れてしまうから」


「……そんな、大げさですよ」


 頬が熱くなって俯くと、彼は首を横に振る。

 そして、まるで宝物を確かめるかのように、真っ直ぐに視線を重ねてきた。


「いいえ。大げさではありません。……あなたは本当に、この国にとっての光なのです」


 その真剣な声音に胸が震える。

 アルベルトさんまでもが柔らかに目を細め、茶器を傾けながら低く呟いた。


「全くだ。昨日の大広間で、君を見ていた誰もが同じことを思っただろう。……俺が誰よりも先にその光を手にできたのは、何よりの幸運だな」


「アルベルトさん……」


 声を絞ると、二人の眼差しが優しく重なり合う。

 その温もりに包まれるだけで、昨日の喧騒も、不安も、すべてが甘い余韻に変わっていく気がした。


「……そんな風に言われたら……恥ずかしくて顔を上げられません」


 そう呟く私の頬を、左右からそっと温かな掌が包む。

 耳に届くのは、重なり合う低い声。


「恥じる必要はない」


「あなたは、誇っていい」


 胸の奥が甘く満ちていき、私はただ小さく「……ありがとうございます」と囁くしかなかった。

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