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夜長のはじまり

 夏の盛りを越え、夜風がようやく涼しさを帯び始めた頃。

 窓辺には、風鈴の代わりに小さなランプが吊るされていた。

 淡い橙色の灯りがゆらゆらと揺れ、夜の静けさに溶けていく。


 私は椅子に腰かけ、本を膝に開いたまま、ふうっと息をついた。

 昼間の蒸し暑さはまだ少し残っているけれど、それでも夏の夜よりもずっと過ごしやすい。


「こうして涼しくなってくると、心まで落ち着きますね」


 つい呟くと、隣でワイングラスを傾けていたアルベルトさんが笑みを浮かべた。


「確かに。夏の喧噪が去り、ようやく本を読むにも、語らうにもいい夜になった」


 反対側では、コンラートさんが本を閉じて、穏やかに頷いていた。


「長い夜は、心を交わす時間にもなりますからね」


 三人で過ごす夜は、読書をしたり、楽器を奏でたり、ただ語り合ったり――そんなささやかな時間が心地よかった。


 けれど、灯りに照らされた文字を追っているうちに、瞼が重くなっていく。

 本を持つ手がかすかに傾ぎ、気づけば船を漕いでいた。


 肩がぐらりと揺れた瞬間、そっと抱き寄せられる。

 アルベルトさんが苦笑混じりに囁いた。


「まったく……可愛い寝顔を見せてくれる」


 耳元に落ちる低い声に、心臓が跳ねる。

 慌てて目を開けかけたけれど、その上から優しい気配が重なった。


「休んでいいのです、アリサ殿」


 コンラートさんが静かに本を閉じ、そっと毛布を肩にかけてくれる。

 優しい掌が布越しに温もりを伝えてくるのが、胸の奥まで沁みた。


「……眠ってしまっていましたか」


「いいんだ。こういう夜のために、秋がある」


 アルベルトさんの茶目っ気ある声に小さく笑ってしまう。

 毛布に包まれた温もりと、左右から寄り添う気配に、胸の奥が甘く満たされていった。


 少しだけ瞼を持ち上げて、私はぽつりと呟いた。


「日本では……秋は“夜長”って言うんです。夏よりも夜が長くなって、静かに過ごす季節だって」


 言葉を聞いた二人が、同時に微笑み合った。

 アルベルトさんは肩を抱いたまま、低く囁く。


「なら、その夜を君と過ごせる俺は……幸運そのものだな」


 反対側では、コンラートさんが柔らかに声を添えた。


「ええ。長い夜が訪れるたび、こうして共に過ごせるのは……何よりの恵みです」


 胸の奥がじんわり熱くなり、私は観念したように小さく笑った。


「……お二人にそう言われたら、眠るのが惜しくなってしまいます」


 ランプの灯りが淡く揺れる。

 秋の夜の静けさに、甘いやり取りが溶けていった。

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