表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

夏の余韻に眠る

 そして、夜が訪れる。

 広場中央に積み上げられた薪の山の前に、神官たちが並んだ。

 祈りの声が高らかに響き、やがて火が灯される。

 ぱちぱちと爆ぜる音と共に炎は夜空に舞い上がり、大きな篝火が広場を照らした。

 人々はその光を「女神への供物」と呼び、火を囲んで歌う。


 私は炎に見入ったまま、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。


 燃え盛る炎は夜風に煽られ、火の粉が金色の粒となって宙を舞った。

 群衆が歌声を重ねるたび、炎はまるで応えるようにゆらめき、女神へと捧げられていく。


「……きれい……」


 思わず洩らした声は、篝火に掻き消されそうに小さかった。


 その横でアルベルトさんが私の肩を抱き寄せ、低く囁く。


「光は女神への供物。――俺にとっては、君が光だ」


 不意打ちの言葉に頬が熱を帯びる。

 けれど、反対側に立つコンラートさんは、静かに微笑みながら視線を篝火に注いでいた。


「人々が歌い、祈り、こうして共に火を囲むのも……互いを守り合うため。──あなたと共に過ごす今の時も、同じ意味を持っています」


 篝火の熱と、二人の声。

 胸の奥に溶け合い、鼓動が早鐘のように響いた。


 火の粉が夜空へ舞い散る。

 その一つひとつが女神に届く願いだとするなら――私の願いはただひとつ。

 この瞬間、二人と共にいられることを、どうか永遠に守ってほしい。




 祭りの喧噪を後にして、私たちは待たせてあった馬車に乗り込んだ。

 車輪が石畳をゆっくりと転がり、背後に響いていた歌声や楽の音が、少しずつ遠ざかっていく。

 代わりに、夜風がすり抜ける音と、馬の蹄が刻む律動だけが耳に馴染んでいった。


 窓の外を眺めれば、先ほどまでの篝火の赤い残像が瞼に揺れ、胸の奥にはまだ熱が残っている気がした。

 私は深く息をつき、吐き出した白い息が窓硝子を曇らせるのを見つめた。


「……本当に、夢みたいなお祭りでした」


 ぽつりと呟くと、隣に座るアルベルトさんが愉快そうに笑みを浮かべる。


「夢ではないさ。君が隣にいる限り、俺にとってはすべて現実だ」


 胸がきゅっと熱くなる。

 向かいに座るコンラートさんは、ふと窓越しに夜空を仰ぎながら穏やかに言葉を添えた。


「星々も祝福しているように見えますね。……女神も、きっとご覧になっている」


 視線を上げれば、馬車の窓の外には無数の星が瞬いていた。篝火の火の粉が夜空に舞い上がったのと同じように、どこまでも広がる光の粒。


 思わず見惚れ、二人を見上げる。

 馬車の静けさの中で、彼らの瞳にはまだ祭りの余韻が宿っているように見えた。


「……私、幸せです」


 胸の奥に溢れた想いを、そっと零す。


 その瞬間、左右から重なる掌の温もり。

 言葉もなく、ただ三人で寄り添う。馬車の揺れと蹄の音、そして夜風だけが、私たちを包み込んでいた。


 ――この帰り道の静けささえも、きっと忘れられない。


 やがて屋敷に着き、灯りの落ちた廊下を抜けて自室に入る。

 窓辺に吊るした風鈴が、夜風に揺れてかすかに鳴った。


 ちりん――。


 澄んだ音が祭りの余韻をそっとなぞり、心をやさしく鎮めていく。

 二人に見守られながら寝台に身を横たえると、温かな掌の感触がまだ胸の奥に残っているのを感じた。


「……おやすみなさい」


 か細い声でそう告げ、瞼を閉じる。

 風鈴の音がもう一度、ちりんと鳴り、眠りへと導く。


 ――祭りの夜も、星空も、そしてこの安らぎも。

 すべてが宝物のように胸に抱かれながら、私は静かに夢の中へと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ