夏の余韻に眠る
そして、夜が訪れる。
広場中央に積み上げられた薪の山の前に、神官たちが並んだ。
祈りの声が高らかに響き、やがて火が灯される。
ぱちぱちと爆ぜる音と共に炎は夜空に舞い上がり、大きな篝火が広場を照らした。
人々はその光を「女神への供物」と呼び、火を囲んで歌う。
私は炎に見入ったまま、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
燃え盛る炎は夜風に煽られ、火の粉が金色の粒となって宙を舞った。
群衆が歌声を重ねるたび、炎はまるで応えるようにゆらめき、女神へと捧げられていく。
「……きれい……」
思わず洩らした声は、篝火に掻き消されそうに小さかった。
その横でアルベルトさんが私の肩を抱き寄せ、低く囁く。
「光は女神への供物。――俺にとっては、君が光だ」
不意打ちの言葉に頬が熱を帯びる。
けれど、反対側に立つコンラートさんは、静かに微笑みながら視線を篝火に注いでいた。
「人々が歌い、祈り、こうして共に火を囲むのも……互いを守り合うため。──あなたと共に過ごす今の時も、同じ意味を持っています」
篝火の熱と、二人の声。
胸の奥に溶け合い、鼓動が早鐘のように響いた。
火の粉が夜空へ舞い散る。
その一つひとつが女神に届く願いだとするなら――私の願いはただひとつ。
この瞬間、二人と共にいられることを、どうか永遠に守ってほしい。
祭りの喧噪を後にして、私たちは待たせてあった馬車に乗り込んだ。
車輪が石畳をゆっくりと転がり、背後に響いていた歌声や楽の音が、少しずつ遠ざかっていく。
代わりに、夜風がすり抜ける音と、馬の蹄が刻む律動だけが耳に馴染んでいった。
窓の外を眺めれば、先ほどまでの篝火の赤い残像が瞼に揺れ、胸の奥にはまだ熱が残っている気がした。
私は深く息をつき、吐き出した白い息が窓硝子を曇らせるのを見つめた。
「……本当に、夢みたいなお祭りでした」
ぽつりと呟くと、隣に座るアルベルトさんが愉快そうに笑みを浮かべる。
「夢ではないさ。君が隣にいる限り、俺にとってはすべて現実だ」
胸がきゅっと熱くなる。
向かいに座るコンラートさんは、ふと窓越しに夜空を仰ぎながら穏やかに言葉を添えた。
「星々も祝福しているように見えますね。……女神も、きっとご覧になっている」
視線を上げれば、馬車の窓の外には無数の星が瞬いていた。篝火の火の粉が夜空に舞い上がったのと同じように、どこまでも広がる光の粒。
思わず見惚れ、二人を見上げる。
馬車の静けさの中で、彼らの瞳にはまだ祭りの余韻が宿っているように見えた。
「……私、幸せです」
胸の奥に溢れた想いを、そっと零す。
その瞬間、左右から重なる掌の温もり。
言葉もなく、ただ三人で寄り添う。馬車の揺れと蹄の音、そして夜風だけが、私たちを包み込んでいた。
――この帰り道の静けささえも、きっと忘れられない。
やがて屋敷に着き、灯りの落ちた廊下を抜けて自室に入る。
窓辺に吊るした風鈴が、夜風に揺れてかすかに鳴った。
ちりん――。
澄んだ音が祭りの余韻をそっとなぞり、心をやさしく鎮めていく。
二人に見守られながら寝台に身を横たえると、温かな掌の感触がまだ胸の奥に残っているのを感じた。
「……おやすみなさい」
か細い声でそう告げ、瞼を閉じる。
風鈴の音がもう一度、ちりんと鳴り、眠りへと導く。
――祭りの夜も、星空も、そしてこの安らぎも。
すべてが宝物のように胸に抱かれながら、私は静かに夢の中へと落ちていった。




