太陽の祭りの誓い
夏至を祝う「太陽の祭り」の日がやって来た。
豊穣の女神に祈りを捧げるこの祭りは、年に一度、国中の人々が待ちわびる大行事だという。
昼下がり、街の広場に足を踏み入れた途端、私は思わず息をのんだ。
色鮮やかな花飾りに包まれた屋台が軒を連ね、甘い果実飴や香ばしい串焼き肉の匂いが風に乗って漂ってくる。蜜に絡めた果物が籠いっぱいに盛られ、樽から注がれる琥珀色の果実酒は陽光を受けてきらきらと輝いていた。
「わぁ……日本の縁日みたい」
ついこぼれた言葉に、隣のアルベルトさんが口元を綻ばせる。
「“エンニチ”か。君の国にも、こういう祭りがあったのだな」
「はい。浴衣を着て、屋台で食べ物を買ったり……こういう賑やかさが懐かしいです」
今夜の私は、薄布を重ねた淡い花色の軽やかなドレスを身にまとっていた。街の女性たちも同じように華やかな軽装に身を包み、男性たちは装飾を抑えた礼装姿で祭りに臨んでいる。
コンラートさんが私に視線を寄せ、柔らかに微笑んだ。
「なるほど……今日の祭りは、その“エンニチ”に似ているのかもしれませんね」
広場の中央では、吟遊詩人がヴァイオリンと笛の伴奏に合わせて歌を紡いでいた。
その声が、祭りの喧騒を吸い込むように響く。
『むかしむかし、人々は多くの神々を忘れ、ひとつの神だけを崇めようとした。
けれど豊穣の女神は怒り、国に罰を下された。
――女を、九に一つに減らしてしまわれたのだ』
私は思わず息を呑む。
女神の怒りによって女が激減し、圧倒的に少なくなった――。
吟遊詩人の声は、そこで少し柔らいだ。
『だが女神は同時に告げられた。
“互いを奪い合うのではなく、共に支え合い、女を敬え”と。
だからこそ我らは今も女神に祈りを捧げ、太陽の祭りを祝うのだ』
広場のあちこちから、真剣な眼差しで歌を聞き入る人々の姿が見えた。
女神の怒りと救い、その伝説は、今も人々の暮らしの根幹に息づいている。
吟遊詩人の歌声が余韻を残しながら静かに終わると、広場には一瞬だけ、しんとした空気が満ちた。
私は胸に手を当て、思わず呟く。
「……そんな由来があったんですね」
豊穣の女神の怒りと、その戒め。
ただの制度だと思っていた“妻が二人以上の夫を持つ義務”に、こんな深い物語があるとは思いもしなかった。
その時、すぐ傍から低く響く声があった。
アルベルトさんが私の肩に身を寄せ、耳元で囁く。
「百年以上、語り継がれてきた伝説だ。……この国の人間にとって、ただの言い伝えではない。今もなお、生きた戒めだ」
熱を帯びた吐息が耳を掠め、思わず肩を震わせる。
囁きは誰にも聞こえない距離なのに、胸の奥まで真っ直ぐに届いてしまう。
「アルベルトさん……」
声を絞ると、彼は愉快そうに片眉を上げて微笑んだ。
けれど瞳は真剣で、その眼差しが胸の奥に深く刻まれる。
少し離れたところで見ていたコンラートさんが、穏やかに口を開いた。
「女神が人に望まれたのは、互いを争うのではなく、支え合うこと。……だからこそ、我々は女性を守り、敬うのです」
静かな言葉が、アルベルトさんの熱い囁きと重なって胸に沁みる。
広場の灯りの下、私の鼓動は祭りの太鼓よりも大きく響いている気がした。




