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笑顔に見送られて

 滞在三日目の朝。

 澄んだ夏の空の下、領地の広場には多くの人々が集まっていた。

 馬車の前に立った私を見送るために、領民が勢ぞろいしている。


「奥方様、どうかまたお越しください!」

「領主様、そして騎士様、本当にありがとうございました!」


 声が重なり、笑顔が広がる。

 子どもたちが駆け寄ってきて、昨日と同じように花冠を手渡してくれる。


「これ、また作ったの。お姉ちゃんにあげる!」


 差し出された小さな手から花冠を受け取ると、胸の奥がじんと熱を帯びる。

 笑顔で「ありがとう」と言いながら頭に載せると、子どもは嬉しそうに跳ねて駆け戻っていった。


「……まるで、この領地の夏そのものだな」


 隣に立つアルベルトさんが低く呟き、口元に笑みを浮かべる。

 その視線に照れながら視線を逸らすと、今度はコンラートさんが静かに囁いた。


「あなたがいらしてから、この土地はより明るさを得ました。……どうか胸を張ってください」


 真摯な言葉に胸が震える。

 ――私、結局は何もできなかったと思っていた。

 けれど、こうして笑顔で手を振ってくれる人々を見ていると、確かに私の小さな行動が誰かの心に届いていたのだと分かる。


 日本の夏の記憶が脳裏に過ぎる。

 蝉の声、川のせせらぎ、花火の夜。

 けれど今は、この世界で、二人と共に季節を過ごしたい――強くそう思った。


 やがて出発の時が来て、馬車に乗り込む。

 窓越しに見える領民たちが、何度も何度も手を振っている。

 その姿が小さくなっていくのを見ながら、胸の奥がじんと熱くなった。


「……また来たいです。この土地に」


 思わず洩らした言葉に、アルベルトさんが満足げに笑う。


「ならば次は君のために、領地の祭りを盛大に開こう」


 豪快ではない、けれど確信に満ちた声音。

 続いて、コンラートさんが真っ直ぐに告げる。


「あなたがいてくだされば、どんな土地も輝きます」


 その誠実な眼差しに胸が熱くなり、気づけば涙が滲んでいた。

 両側からそっと手を取られ、温もりが指先から心へ広がっていく。


「……幸せです。本当に」


 涙を拭いながら微笑むと、二人もまた穏やかに笑ってくれた。

 馬車はゆるやかに領地を後にし、黄金色の麦畑と青々とした森が流れていく。


 ――もう私は一人ではない。

 二人と共に歩むこの道が、確かに未来へと続いている。


 夏の光に包まれながら、私は静かにその事実を噛み締めた。

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