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夏の領地に迎えられて

 夏の盛り、私たちはアルベルトさんの領地へ向けて馬車で出発した。

 窓の外に広がる景色は、王都とはまるで違う。


 黄金色に波打つ麦畑。青々と茂る森。陽光を受けてきらめく川。

 馬車が揺れるたび、窓から流れる景色がひどく懐かしいものに見えた。


「……なんだか、日本の田舎の夏を思い出します」


 思わず口にすると、隣のアルベルトさんが眉を上げる。


「ニホン、か。君の故郷の」


「はい。小さな川で水遊びをしたり、蝉の声がうるさいくらいに響いたり……暑くても、どこか落ち着く景色なんです」


 コンラートさんが静かに頷く。


「なるほど……セミというのは、夏を告げる虫ですか?」


 説明に困って笑う私に、二人は興味深そうに耳を傾けてくれた。

 それだけで胸が温かくなる。ここが異世界でも、私の記憶は決して途切れていないのだ、と。


 領地に着くと、領民の人々がアルベルトさんを慕って迎えてくれた。

 「領主様だ!」と子どもが駆け寄り、大人たちは深く頭を下げる。


 けれど、その視線はすぐに私へと移った。

 ――異界から来た妻。驚きと興味、少しの不安。

 その空気に息が詰まりそうになったけれど、私は思い切って笑顔を作った。


「こんにちは、今日はよろしくお願いします」


 そう言って礼をすると、最初は戸惑ったように視線を交わしていた領民たちだったけれど、私が畑の作物を覗き込み、素直に声を上げた瞬間――空気が変わった。


「わぁ……とても立派ですね」


 抱えられた籠の中には、瑞々しい野菜や果実が溢れている。

 私の言葉に、一人の農夫が驚いたように瞬きをし、それからぎこちなく笑った。


「奥方様に褒めていただけるとは……いやぁ、これは光栄なことです」


 その笑みに釣られるように、周囲の人々の表情も柔らかくなっていく。


 やがて、遊んでいた子どもが転んで泣き出した。

 私は思わず駆け寄り、小さな手を取り、土を払う。


「大丈夫、大きな傷じゃないよ」


 涙で濡れた顔に手拭いを当てると、子どもはしゃくり上げながらも笑みを見せてくれた。


「ありがとう……お姉ちゃん」


 胸がじんと熱を帯びる。

 そのやり取りを見ていた領民たちが、次々と囁きを交わした。


「なんとお優しい……」

「領主様の奥方様は慈愛深いお方だ」


 その言葉が耳に届くたび、頬が熱くなる。

 でも、領民の目に少しずつ笑みが増えていくのを見て、心の奥に小さな安堵が広がった。


 背後でアルベルトさんが満足げに腕を組み、コンラートさんが穏やかに頷いている気配がする。

 二人の視線に守られながら、私はもう一度、領民に向かって深く頭を下げた。


「これからよろしくお願いします」


 その声に、歓声が応じた。

 夏の陽射しの下で、領民の笑顔がいっそう明るく見えた。

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