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温かな食卓に寄せて

 熱も下がり、体調が戻ったある日。

 どうしても二人にお礼がしたくて、私は厨房へ足を運んだ。


 ここは私が屋敷に来てから皿洗いや下働きで日常的に出入りしている場所だ。

 だから顔を合わせる料理人や使用人たちも驚きはしなかった――最初の一瞬を除けば。


「奥様、今日は洗い物はございませんが……」

「まさか、料理をなさるおつもりで?」


 慌てる声に、私は微笑んで首を振る。


「ええ。どうしても二人にお礼がしたいんです。少しだけ、お手伝いしていただけますか?」


 私が普段から洗い物や野菜の下処理をしていたのを知っているせいか、料理人たちは顔を見合わせ、やがて観念したように頷いた。


「……承知しました。ですが奥様、包丁を握られる姿は珍しゅうございますな」


 その言葉に胸が少し熱を帯びる。

 私は日本では普通に料理をしていた。けれど、この国では女性が台所に立つことはほとんどない。


 慣れた手つきで肉を切り、鍋に香草を落とす。

 異世界の調味料は勝手が違って戸惑うけれど、料理人に教えてもらいながら味を整えていった。


 包丁の音、煮込みの湯気。

 その中で、使用人たちのひそひそ声が耳に届く。


「……やはり本当に手際がいい」

「奥様が料理を……信じられん……」


 けれど私は気にせず、胸の奥を弾ませながら手を動かした。

 二人に食べてもらえると思うと、自然と笑みが浮かんでしまう。




 夕餉の席。

 テーブルに並んだのは、私の手で作った肉と香草の煮込み、果実を添えたサラダ、そして温かなスープ。


「……これ、アリサが?」


 目を瞬くアルベルトさんに、私は少し恥ずかしくなりながら頷いた。


「はい。お礼がしたくて……まだ不慣れですけど」


 彼はしばし黙し、それから愉快そうに笑った。


「……まさか、女性の手料理を食べられる日が来るとは。これは果報者というほかないな」


 冗談めかしているのに、声音はどこまでも真剣。

 その眼差しに胸が跳ね、私は視線を逸らした。


 一方のコンラートさんは、黙って料理を口に運び、ゆっくりと味わったあとで穏やかに微笑む。


「……温かい。どんな豪奢な宴より、この食卓が嬉しいです」


 その言葉に、心がいっぱいになり、思わず口元を押さえる。


「よかった……本当に」


 二人が喜んでくれている――それだけで、胸の奥が甘く満たされていく。


 使用人たちの間で「奥様が料理をなさった」と噂になるのはきっと避けられないだろう。

 でも構わない。

 だって今はただ、二人の笑顔を見ることができたのだから。


「……また、作りますね」


 小さくそう告げると、アルベルトさんは愉快そうに肩を揺らし、コンラートさんは静かに頷いた。

 その二つの視線に包まれながら、私は頬を赤らめ、自然と笑みを浮かべた。

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