妻としての告白
数日後。屋敷に一人の客が訪れた。
立派な紋章の馬車から降り立ったのは、王都でも名高い高位貴族のひとり。豪奢な衣に身を包み、従者を引き連れて堂々と玄関を踏みしめる姿には、これまで手紙で済まされてきた誘いとは違う、圧のある気配が漂っていた。
「ぜひ奥方と直にお話を」
そう言われ、私は応接室に通されることになった。背後にはアルベルトさんとコンラートさん。
だが視線の先に座る貴族の男は、値踏みするようにこちらを射抜いてきた。
「なるほど……噂どおりだ。異界の女性にして、この気品。実に珍しい」
彼は手にした杖を軽く床に突き、余裕を見せるように笑った。
「我が家の名誉にふさわしい存在だ。すでに二人の夫を持たれていることは承知している。だが――それが何だと言うのか。この国では珍しいことではない。むしろ、さらに迎え入れられることこそ栄誉だろう」
堂々とした声。まるで当然の権利を主張するかのような口ぶりに、胸がぎゅっと縮こまる。
返事を誤れば、この場で彼の言葉が力を持ってしまう――そんな恐れが脳裏をかすめた。
けれど、すぐ傍から伝わる二人の気配が私を支えていた。アルベルトさんの大きな掌が肩に添えられ、コンラートさんの静かな眼差しが「大丈夫」と告げてくれる。
――逃げないで。今の自分の想いを、言葉にしなくては。
「……ご厚意はありがたく思います。けれど、私はすでにアルベルトさんとコンラートさんの妻として、この場にあります。これ以上を望む気持ちは、今の私にはございません」
はっきりと。
男の瞳が細まり、しばし沈黙。やがて鼻で笑い、冷ややかに言い放った。
「……ふん。ずいぶん殊勝な答えだ。だが、気が変わる日も来るだろう。その時は――遅すぎぬうちに、我が屋敷を訪ねるがいい」
椅子をきしませて立ち上がり、裾を翻す。従者を従えて出ていく背中には、敗北を認めぬ高位貴族の誇り高さと執念がにじんでいた。
扉が閉じられ、静寂が落ちた応接室。
張り詰めていた空気がほどけた途端、私は椅子の背にもたれ込み、大きく息を吐き出した。
「……はぁ……怖かった……」
正直な心の声が洩れる。胸はまだどくどくと音を立て、手のひらには冷たい汗がにじんでいた。
その時、不意に腕が伸びてきて、ぐっと強く抱き寄せられる。
アルベルトさんだ。広い胸に包まれ、張り詰めていた心が一気に緩む。
「……すまない。思わず、抱きしめてしまった」
耳元に落とされた声は低く、どこか後ろめたさを含んでいた。
彼らしい理性が、最後の一線を守ろうとしているのだろう。
けれど私は、静かに首を振った。
「大丈夫です……私、二人の妻なんですから」
自分でも驚くほど素直に言えた。
その言葉を添えて、そっと自ら身を寄せる。肩越しに視線を上げれば、驚いたように目を見開いた彼と視線が重なった。
しばしの沈黙の後、アルベルトさんの瞳に熱が宿る。
彼は指先で私の唇に触れ、息を潜めるように囁いた。
「……触れても?」
胸が跳ねる。
けれど、拒む気持ちは微塵もなかった。私は小さく頷く。
次の瞬間、唇に落ちたのは、思っていたよりも優しい口づけだった。
強さよりも確かさを重んじるような、深い想いが伝わってくる。
離れる時、唇が惜しむように離れ、私は思わず頬を染めて俯いた。
その横で、ずっと静かに見守っていたコンラートさんが、ためらいがちに手を伸ばしてきた。
「……私にも、許していただけますか」
その声音は誠実で、どこまでも慎ましい。
私は驚きに目を瞬いたが、やがて微笑んで首を縦に振った。
差し出された手を取り、立ち上がる。
彼は私を引き寄せるのではなく、まるで宝物に触れるかのようにそっと抱きしめ、静かに唇を重ねてきた。
穏やかで、包み込むような口づけ。
アルベルトさんの熱とは違う、静かな温もりが胸に広がっていく。
唇が離れると、彼は深々と息を吐き、小さく呟いた。
「……夢のようです」
その言葉に胸が熱くなり、私は思わず二人を交互に見つめる。
形式上の妻――そう自分に言い聞かせてきたけれど、今は違う。
この瞬間、心の奥底から「本当に妻でありたい」と願っている自分がいた。




