山積みの手紙、揺るがぬ想い
屋敷の玄関先には、再び山のように積まれた封筒が置かれていた。
色とりどりの封蝋に、家紋を刻んだ金糸や香油の匂い。ひと目で、どれも一族の威信を背負ったものだと分かる。
「……これ、前より増えてませんか」
思わず声を洩らすと、アルベルトさんが苦笑しながら肩をすくめた。
「ああ。社交界での立ち居振る舞いが評判を呼んでいるんだろう。噂は早いからな」
コンラートさんは束の一つを丁寧に手に取り、眉を寄せる。
「中には……求婚の書状も混じっています。『ぜひ第三夫として迎えてほしい』と」
「きょ、求婚……!?」
声が裏返り、私は慌てて額に手を当てた。
ただの招待状ではなく、正式な申し出――その重みを前に、頭がくらくらする。
「そんな、私なんかに……」
口をついて出た卑下の言葉を、すぐさまアルベルトさんが遮った。
「“私なんか”は禁止だぞ、アリサ。君は俺とコンラートの妻だ。それだけで誰よりも大切にされる資格がある」
冗談めかさぬ真剣な眼差し。
続いてコンラートさんも静かに言葉を重ねる。
「そうです。形式ではなく――我々にとって、あなたは心からの妻なのです」
胸が詰まり、言葉が出なかった。
形式だけだと思っていたのは、もう私だけなのかもしれない。二人はすでに“本当の妻”として受け入れてくれている。
目頭が熱くなり、必死に笑みを作る。
「……はい。じゃあ、お二人に任せます。でも……ちゃんと断れるように、私も一緒に考えますね」
その一言に、アルベルトさんは愉快そうに口角を上げ、コンラートさんは安堵したように目を細めた。
そのまま三人で書斎に移り、机に並べられた手紙へ向き合う。
重々しい筆跡で書かれた求婚の文面、遠回しに“妻の座”を望む婉曲な言葉、贈り物まで添えられたもの……。
「大半は定型文で断ればいい。『すでに二人の夫を得ておりますので』、これで十分だ」
ペンを取ったアルベルトさんは迷いなく文面を走らせる。
一方で、コンラートさんは眉をひそめ、一通を手に取った。
「ですが、この文面……『あなたの慈愛に心を打たれた』とある。断らねばなりませんが、真心を踏みにじる表現は避けたいところです」
その言葉に、私ははっと顔を上げた。
――そうだ。ただ突き放すのではなく、思いやりを込めて返さなければ。
「……それなら、『ご厚意を光栄に存じます』とまず書いて……そのうえで丁寧にお断りすればいいんじゃないでしょうか」
恐る恐る口を挟むと、二人の視線がこちらに向く。
アルベルトさんは目を瞬かせ、それから愉快そうに笑った。
「なるほど。柔らかさを添えれば完璧だな」
コンラートさんも深く頷き、穏やかに言葉を添える。
「やはり、アリサ殿の気遣いは私たちにはないものです。共に考えていただけることが、嬉しい」
胸が熱くなり、自然と笑みがこぼれた。
「……私も二人の妻ですから。せめてできることはしたいんです」
その言葉に、部屋の空気がふっと和らいだ。
アルベルトさんはからかうことなく頷き、コンラートさんは安堵の笑みを浮かべる。
机に積まれた書状はまだ山のように残っている。
けれど今は、その重みさえも不思議と恐ろしくはなかった。
――二人と共になら、どんな圧力も乗り越えていける。
確信が胸に灯り、私は手元の封筒にそっと指を伸ばした。




