支え合う三人の夜会
質問や賛辞が途切れることなく降り注ぐ中、ひときわ艶やかに着飾った婦人が人垣を割って現れた。
髪には大輪の花飾りを挿し、豊かなドレスの裾を大げさに揺らしながら、にこやかに私の前へ歩み寄る。
「まあ……あなたが“異界の女性”なのね」
声は甘やかだが、その瞳には冷たい光が潜んでいる。
彼女の後ろには、威容を備えた男性たちが数人控えていた。いずれも立派な衣服に身を包み、誇らしげに胸を張っている。どうやら彼女の夫たちなのだろう。
周囲の貴族たちが息を呑むのが伝わってきた。コンラートさんがわずかに身じろぎし、アルベルトさんも私の肩に添えた手に力を込める。
婦人は唇を吊り上げ、聞こえよがしに続けた。
「本当に珍しいこと。けれど……この場の礼儀も作法もろくに知らぬまま、こうして人目を集めるなんて。――さぞお辛いでしょう?」
あからさまな嫌味。
その背後で夫たちが黙って控える姿が、彼女の言葉に一層の重みを与えているように感じられた。
周囲の空気が一気に張り詰める。
けれど私は、深く息を吸って背筋を正した。
――ここで怯んではいけない。二人が支えてくれているのだから。
「……ええ、確かに私は未熟で、この国のことも知らないばかりです」
婦人の目が勝ち誇ったように細まる。だが私は続けた。
「けれど、この場に立てたのは皆さまのおかげ。学ぶ機会をいただけるだけで、感謝に堪えません。どうか、これからも色々とご教授いただければ幸いです」
深々と頭を下げると、広間にざわめきが走った。
感嘆とも驚きともつかぬ声が交じり合い、ささやきが波紋のように広がっていく。
「なんと気丈な……」
「まるで淑女の鑑だ」
賞賛が飛び交う中、婦人の笑みはぴくりと引きつった。
背後の夫たちも一瞬きょとんとしたように顔を見合わせる。
なおも何か言い募ろうと唇を開いたが、周囲から湧き上がる賛美がそれを許さなかった。
「……まあ。異界の方らしい、素直なお答えですこと」
婦人は無理やり笑みを作り、扇で口元を隠す。
だがその目にはなお冷ややかな光が宿っている。裾を払う音を残し、夫たちを従えて背を向ける。
去り際に吐き捨てるような一言が、私の耳に届いた。
「せいぜい……お気をつけあそばせ」
その声音には、敗北を認めぬ誇り高さと、なお消えぬ執念がにじんでいた。
広間には再びざわめきが満ちる。だが今度は、冷ややかな視線ではなく、温かな称賛と尊敬が私へと注がれていた。
私は胸の奥に残る緊張を押し殺し、深く息を吐いた。
――怯まずに返せた。二人が傍にいてくれるから。
その実感と共に、視線の渦の中でも微笑みを保つことができた。
やがて、音楽隊が新たな旋律を奏で始めた。
弦の調べがゆるやかに広間を包み込み、貴族たちが自然と舞踏の輪へと歩み出していく。
「アリサ、踊ろうか」
アルベルトさんが差し伸べた手に、周囲の視線が再び集まる。
けれど先ほどのざわめきと違い、その眼差しには期待と羨望が混じっていた。
胸の奥にまだ残る緊張を押し隠し、私は彼の手を取った。
次の瞬間、強く、しかし頼もしく支えられる感覚に、思わず笑みが零れる。
堂々とした彼のリードに導かれて、私は自然と音楽の流れに身を委ねていた。
――先ほどの婦人の言葉も、もう胸を刺さない。
むしろ、会場の誰もが私をひとりの淑女として見てくれている。
曲が終わると、拍手と共に人々の笑みが向けられた。
その中でコンラートさんが一歩進み出て、静かに私へ手を差し伸べる。
「次は、私と。……ご安心ください、ゆっくりで」
その誠実な声に、また胸が熱を帯びる。
彼の寄り添うようなステップに支えられ、私はさらに落ち着きを取り戻していった。
そして二人と踊り終えた頃には、もう会場全体の空気がすっかり和やかなものへと変わっていた。
「見事だった」「気高い女性だ」と言葉が次々に届き、さきほどまでの恐れは夢のように薄らいでいく。
会場のきらめきが、もう先ほどのように眩しすぎて息苦しいものではなかった。
笑顔を返すたびに、返ってくる温かな視線や拍手が胸を満たしていく。
私は静かに息をつき、心の底から思った。
――ああ、乗り越えられたんだ、と。
視線を横にやると、アルベルトさんは満足げに口角を上げ、コンラートさんは穏やかな笑みを浮かべている。
二人の姿を目にした途端、張り詰めていた緊張がほどけて、自然と頬が緩んだ。
「ありがとうございます。本当に……二人がいてくれるから」
小さく呟くと、アルベルトさんは楽しげに笑い、コンラートさんは深く頷いた。
――この人たちとなら、どんな場にも臆せず立てる。
そう確信しながら、私は再び会場に満ちる光の中で微笑んだ。
こうして、私の初めての社交界は、想像以上に華やかで、そして温かい夜となったのだった。




