社交界の輪の中で
夜が更け、王都にある社交場の扉が開かれた。
馬車を降りた瞬間、視界に飛び込んできたのは燭火の海だった。石造りの壮麗な建物は、外壁から窓辺までびっしりと灯されたランプに照らされ、まるで宵闇に浮かぶ巨大な宝石のように輝いている。
赤い絨毯を踏みしめ、重厚な扉をくぐると、眩しさに思わず息を呑んだ。
高くそびえる天井には、無数の水晶で飾られたシャンデリアが吊るされ、光を幾重にも屈折させながら煌めきを降り注いでいる。
壁面は白大理石に金の装飾が施され、ところどころに天使や獅子を象った彫像が並んでいた。
中央の広間には、すでに数百人もの男女が集っている。
男性たちは詰襟や燕尾服風の礼装で威厳を示し、女性たちは色とりどりのドレスを身にまとい、宝石や羽飾りで着飾っていた。動くたび生きた万華鏡のようで、ただ見ているだけでくらくらしてしまう。
音楽隊の奏でる弦の音色が広間に満ち、談笑や笑い声と溶け合って、華やかな旋律となって響いていた。
私はその煌びやかさに圧倒され、思わずアルベルトさんの腕を掴んでしまう。
「……すごい……」
か細い声でそう洩らすと、隣のコンラートさんが微笑み、静かに囁いた。
「気後れなさる必要はありません。ここにいる誰よりも、あなたが注目の的なのですから」
その言葉に、胸の鼓動が跳ねた。
会場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
視線。幾重もの視線が、一斉に私へと注がれる。
数瞬の沈黙ののち、ざわめきが広がった。
「彼女が……」「異界の……」「なんと可憐な」
ささやき声が波紋のように会場を満たしていく。
気づけば、いつの間にか私は輪の中心に立たされていた。
煌びやかな衣装を纏った貴族たちが、笑みを浮かべて近づいてくる。
「これはこれは……噂の方にお目にかかれるとは」
「本当に異界から来られたのですか?」
「その瞳の色、実に珍しい……」
口々に質問や賛辞が浴びせられ、息をする暇もないほどだ。
距離を詰められ、押し寄せるような言葉に胸が詰まりそうになったとき――
背後からすっと伸びた手が、私の肩に添えられた。
アルベルトさんだ。その落ち着いた低い声が、人々のざわめきを穏やかに制した。
「ご質問は順を追ってお願いしたい。彼女は俺たちの大切な妻だ。無礼のないように」
続いてコンラートさんも一歩進み出る。
「どうかご安心ください、アリサ殿。私が傍らにおります」
その誠実な声音に、不安で張り詰めていた胸が少し和らいだ。
だが、なおも貴族たちの視線は私に注がれている。
好奇心、羨望、探るような色――。
そのすべてを浴びながら、私はかろうじて微笑みを保った。




