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招待状の山の向こうに

 食後のひととき、アルベルトさんが机の上にどさりと束ねられた封筒を置いた。封蝋は色とりどりで、金の紋章が刻まれたものや香油の匂いがするものまで混じっている。


「……これは?」


 首を傾げる私に、アルベルトさんは肩をすくめて微笑む。


「すべて招待状だ。最近、貴族の間でアリサが話題になっていてな。ぜひ一目お目にかかりたい、と誘いの手紙が殺到している」


「えっ……!?」


 思わず声が裏返る。慌てて封筒の束を数えようとすると、コンラートさんが苦笑して止めた。


「数える必要はありません。数十通は軽くあります。まだ増えるでしょう」


「なんでそんなに……」


 驚く私に、アルベルトさんは「当然だろう」と息をつく。


「貴族は耳が早く噂好きだ。異界から来た女性――それも控えめで楚々とした女性ならば、会いたいと思うのも無理はない」


 その言葉に頬が熱を帯びる。けれど、知らない人々に話題にされているのは、嬉しいよりも怖さの方が勝った。

 コンラートさんが穏やかに口を開く。


「すべて受ける必要はありませんが、無視もできないでしょう。特に高位貴族は、どのような手に出るか分かりませんから」


「そんな……」


 思わず肩を落とした私に、アルベルトさんが軽く手を伸ばして、封筒の山を指先でとんとんと叩いた。


「安心していい。招待を受けるか否かを決めるのは俺たちだ。アリサに苦労を強いるつもりはない」


 その声音は柔らかいのに、どこか揺るぎない強さがあった。


「……でも、私のせいでお二人に面倒をかけてしまって」


 唇を噛むと、すかさずコンラートさんが首を振る。


「面倒ではありません。むしろ、あなたをどう守り抜くかを考えるのは私の務めです」


 まっすぐに告げられ、胸が熱を帯びる。


 けれど目の前には、まだ積み重なる封筒の山。

 それは、私がこの屋敷の外でも“妻”として見られている証であり、逃げられない現実でもある。


「……あの、私、頑張ります。まだまだ全然ですけど、二人の……その、妻なので」


 言いながら、頬に熱が集まるのを感じる。もし言葉に色がついたなら、“妻”は真っ赤に染まっていただろう。


 言い終えた途端、食堂の空気がふっと変わった。

 アルベルトさんは驚いたように目を瞬き、すぐに愉快そうに笑みを浮かべる。


「……今の言葉、もう一度聞きたいな」


「えっ!? い、いやです!」


 慌ててスプーンを握りしめる私に、アルベルトさんが楽しげに肩を揺らす。

 その隣でコンラートさんも、けれど茶化すのではなく、穏やかに微笑んでいた。


「……その言葉だけで十分です。私にとっては、何よりの励みとなりますから」


 まっすぐに向けられた瞳に、胸の奥がじんわり熱を帯びる。

 ただの形式上の夫婦だと割り切っていたはずなのに、二人の反応を見ていると、心のどこかで「本当に妻でありたい」と思ってしまう自分がいる。


 封筒の山はまだ机に積み上げられたままだ。

 けれど今は、それを見ても不思議と怖くはなかった。

 ――この二人がそばにいてくれるなら。

 どんな誘いや注目も、きっと乗り越えていける。


 そう思うと、自然と微笑みがこぼれていた。


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