【第8話:戦わない時間のおわりに】
ユアはそれ以上語らない。
静かに紅茶を飲んでいる。
今日は少し風があるが、日差しも強いので寒くはない。
時々強くなる風がぱたぱたと揺らす自分の袖をみて、セリシアは答えを探す。
いや言葉を探していたのだ。
答えは決まっている。
今日は先日よりもフリルの少なめな黒を基調としたワンピースに黒いローブを重ねている。
装飾は少ないが、生地もよく仕立ては良い。
「セルミアは私の大切な姉で、ユアはお姉様のカタキだわ」
選んだわりに普通のセリフになった。
ユアの重ねた問には答えたとセリシアは思っていた。
したいこと、ころしたいこと、たいせつなひと。
じっと何かを探るように見るユア。
すっと目を伏せて、お茶の香りをさぐるようにカップをゆする。
またしばらくそのまま沈黙が流れる。
ユアもなにか考えているのだろうか?そうセルシアは読み取った。
「おかあさんがこのお茶を教えてくれたの。これはおもてなしのお茶だよと」
ちらと視線があがり微笑むユア。
「だれかにくつろいで欲しい時にいれるのだと言われた」
目線になにかがこもる。
「落ち着いたかな?少しは」
セリシアは戸惑う。
自身の心に言葉にした衝動がないことが解ってしまった。
ユアに敵意を向けられないのだ。
濃厚な殺気を向けられた先程と違い、穏やかな表情と気配がセルシアの心を和ませる。
「これは口止めされているから、黙っていてほしいんだけどね」
にこりと笑顔になるユア。
「さっきレヴァントゥスに会ったの。馬車で話しながらここに来たの」
セルシアの目が見開かれる。
「できたら怪我もさせないでと頼まれたわ」
すっと悲しそうな表情になり視線を落とすユア。
「襲撃の理由も聞いていた。セルミアはあたしが滅ぼした。それは事実」
セルシアの眦が上がり、魔力が漏れチリリと鳴る。
セルシアはレヴァントゥスに指導を受けた達人と言える魔法士だ。
風と闇魔法が得意で、特に風はレヴァントゥスの師事もありレベルが高い。
風魔法には早打ちの術式が幾つかある。
剣士が剣を抜くより早く打ち込む自信もあった。
ただし、普通の剣士にだ。
ユアに当たるビジョンは持てなかった。
三度試したあとだから。
「セルミアは‥‥あたしの右手の力を憎んでいた。最後には自分でそういったわ」
困ったような眉でセリシアをみるユア。
「あたしではなく雷神ペルクールに言葉をぶつけていた。それは怒りに隠した悲しみに見えたの」
ふっと思い出してユアが問う。
「セリシアはスヴァイレクを知っている?」
もちろん知っていた。
姉の側近で、最大の部下だったはず。
「知ってる。お姉様の部下だわ。スヴァイレクも貴方が滅ぼした」
きりりとセリシアの眉があがる。
二人は対照的な表情で互いを見つめる。
「スヴァイレクは武人だと思う。セルミアの横槍を嫌い、あたしを守ったくらいだから」
ユアの眉ももどり、表情は薄くなった。
「右手で滅ぼすとね、相手が望んだ世界が見えるの」
ダウスレムの時は他に気を取られよく確認しなかったが、満足そうな声は聞き取った。
スヴァイレクからは、セルミアへのあたたかな気持ちが感じられた。
「スヴァイレクはセルミアが好きだったみたい。セルミアもたぶん同じ気持ち」
衝撃的な言葉がセリシアをゆさぶり、思考を止めさせる。
セルミアと同じアイスブルーの瞳も揺れ動いた。
「とても穏やかな二人の時間が見えたの」
ぎりっと歯がなりユアの表情は三度変わる。
先程浴びた濃厚な殺気とはまた違うが、逆らい難い圧力がある気配だった。
ふっとその気配が遠のきユアの表情がまた消えた。
「あたしのおかあさんは影獣に殺された」
ユアはこらえたのだ、スヴァイレクに殺されたと言わないよう。
つづく言葉にその意味がこもる。
「もう戦うのはイヤなの」
ユアの目は真っ赤に潤み、零れ落ちそうな気持ちでいっぱいになった。
父を奪われ、友を奪われ、母も失った。
大切な妹とおもったアミュアすら奪われかけたのだ。
それらの遠因にペルクールの雷があるとも知った。
自分がむける殺意が自分を傷つける悪夢が浮かぶ。
そこにいたのはあの地下室でアミュアに抱かれていた、無力な幼子のようなユアだった。
「セルミアの思い描いた世界には優しい光りが満ちていたの。どうしてあたし達は殺し合わないといけないの?」
ついにこぼれ落ちる涙をユアは押さえられない。
喪失の痛みとも違う、共感の苦しみでもない。
ただただ理不尽な戦いに向けられた想いだ。
全ての出逢いに優しさと思いやりを向けるユアは、戦いには向いていないのだった。
悪意の塊のようなセルミアにさえ慈悲の心を持ったユアが、この無垢な少女を傷つけることは出来なかった。
「だから‥‥もうあたしの仲間を傷つけないでセシリア」
ごしごしと乱暴に涙をはらうユア。
「あたしはあなたも傷つけたくはないの」
それは情だろうか?
侮りだろうか?
セリシアにはどちらも感じることが出来ない。
あんなに姉を想いつのらせた殺意すらもう沸かなかった。
静かに時間だけが過ぎるのを、遠景の薄い雲が流れ知らせる。
二人は互いに想いを打ち明けて、すでに結論を持っていた。
ユアのカードは全て開かれ、あとはセシリアが受けるだけであった。
ユアの気持ちは収まったのか、ハンカチを出して目元を拭う仕草に荒ぶる所はもう無かった。
そうして最後にチーンと鼻をかんだユアが折りたたんでハンカチを仕舞ってから、セリシアは言葉を伝える。
「ごめんなさい‥‥私も戦うのはイヤだったみたい。もうお姉様のことはあきらめるわ」
にっこり笑うつもりだったが、上手くいったかどうか解らなかった。
セリシアの瞳もまた潤んでしまっていたので。