【第65話:さいかい・さいわい】
色々準備もしてくれるとロレンツォさんから申し出が有り、明日の午後から動けることとなった。
ユアとアミュアはエーラに勧められて、夜の港を見に来ていた。
少し遅い時間だが、繁華街に行かなければ治安はわりと大丈夫と聞いた。
このあたりの港や公園は観光資源でも有り、街として力を入れているのであろう。
あちこちに照明やライトアップ、中には光魔法を使った広告やネオンサインまである。
「意外に明るいんだね」
腕を組んで歩くユアとアミュア。
二人共コートを羽織っているが、それほど寒くはない。
風がふくと涼しいなくらいだ。
アミュアはフードも被って耳を保護。
すぐに赤くなってしまうのだ。
「うん。わぁ‥‥すぐ海なんだね」
港と接続するフィヨルドは海水が満たしているので潮の香りがする。
半日でだいぶ慣れてしまったが、最初はかなり戸惑うものだ。
ふたりの距離感は変わっていないが、明らかに心が寄り添った姿勢になった。
夜を一つ越えるだけで変わる想いもあるのだ。
アミュアには自信が見え、ユアには強い庇護を感じさせる。
「夜の海って怖いなって前は思ったのにな」
アミュアは微笑みのまま告げ、少しだけユアに近づく。
「そうだね‥‥あたしも色々なことが怖くなくなったよ」
ユアの笑顔にも影がなくなった。
マルタス辺りはなにか感づいたかも知れないが、エーラ達では解らない変化であろう。
絆は強くなり、距離や態度で揺らがぬものになったのだ。
ちらと視線を合わせることもあるが、前ほど頻繁ではなくなる。
確認する必要がなくなったのだ。
言葉もそれほど必要なく、ただ存在を感じるだけで幸せを受け取る。
そんな二人になったのだ。
公園から歩いてくるカップルがいる。
男の方は身長が高いなとユアはチラ見する。
「えええ?!!」
突然ユアが驚いて大きな声を上げる。
「なんと‥‥ユアか?見違えたな」
「アミュアもいるのね?なんて偶然‥‥あなた達って運命の女神に愛されているのね」
意外な二人に出会ったのだった。
それは行方不明と思われていた二人。
アイギスとカルヴィリスであった。
二人はとても自然に組んでいた腕を離し、少しだけ距離を置いた。
カルヴィリスはちょっと赤くなっている。
「えええ??どうして‥‥何処にいってたの??」
ユアの目が真っ赤になり、アイギスに近づく。
とんっとアイギスの胸に手を起きそこに頭を押し付けた。
「ユア‥‥すまなかった。事情があるのだよ」
気を聞かせたカルヴィリスが告げる。
「あそこのお店に入りましょう?立ち話では冷えてしまうわ」
そう言って先導するように進むカルヴィリス。
アミュアも続いて、アイギスがユアの肩を抱いてついてくる。
カルヴィリスが向かったのは港前にあるネオンの明るいナイトバーであった。
店内は思ったより落ち着いた雰囲気。
控えめな照明と、スローなジャズが生演奏されている。
ボーカルは今は立っておらず、インストゥルメンタルでBGMとしている。
客の入りは半分以下で、シーズンではないのだろう。
ポルト・フィラントは夏向きの土地だ。
奥まったボックスでアイギスは説明を始めた。
「利き手側がうごかなかっただろ?」
「うん」
答えるユアの隣で寄り添うアミュアもうなずく。
アイギスの横にカルヴィリスが自然に座ったので、アミュアも遠慮しないことにした。
カルヴィリスはアイギスに触らない距離に座る。
「戦力にもならないし‥‥なにより少し疲れていたのだ。」
ユアに視線を向け続けるアイギス。
「エルナさんが亡くなってから何かに動かされるように戦い続けたが‥‥そこに意味などないと気付いたのだ」
すっと一瞬カルヴィリスに目を向け戻すアイギス。
「辺境でカルヴィリスと出会ってな‥‥色々と学んだし、身体を治すのも助けてもらった」
くすっと笑うカルヴィリス。
「もともと私の毒だったしね‥‥無茶しなかったらこんな酷くならなかったのよ?」
ユアはふと気づいて驚く。
カルヴィリスの言葉にも声にも影獣の気配がないのだ。
ちらとアミュアを見ると何かを思案する表情。
「そうなんだ‥‥二人は恋人になったの?」
ユアは‥‥良くも悪くも核心から尋ねる。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥ユア、デリカシーがないですよ?」
無言の二人と、アミュアからは怒られるユアはしゅんとする。
「だって‥‥」
「いいから。それは後にしましょう。お二人でこちらに来たのは観光ですか?」
アミュアはユアを黙らせて、会話を続ける。
「アミュア‥‥すまん苦労をかけているのだな‥ユアは素直すぎるのだ」
自分の子供時代を棚に上げ嘆くアイギス。
エルナが聞けば笑い転げるか、真っ赤になって殴られるだろう。
「コホン‥‥アイギスとはずっと支え合っているわ。それは何も恥ずべき事ではないと思っている」
しっかりアミュアとユアを見てそう宣言するカルヴィリス。
目線で会話をするアイギスとカルヴィリス。
「俺も今は身体が回復したし、成すべきことをと思いヴァルデン王国に戻ったのだ」
「ミルディス公国の東辺境に住んでいたのよ」
カルヴィリスが補足し、アイギスの腕を自然に取った。
まるで収まるべき所に収まったと言うように。
アミュアは少しだけ羨ましそうに見るが、ユアにすり寄ったりはしない。
その必要はもうないのだ。
カルヴィリスはおや、と言った目線をアミュアに向けた。
ニコリときれいな笑みを浮かべる。
アミュアもにっこり笑った。
火花は散らないが、何かが交換されたのだ。
そうして腕を組んだ二組の話が続き、お互いの現状を伝えあった。
アイギスに差し迫った仕事はなく、カルヴィリスはアイギスに従うようだ。
ユア達と賢者会の揉め事に同情するカルヴィリス。
「気に入らないわね‥‥賢者ごときが」
カルヴィリスは王の右腕。
立場は派閥のNo2だが、仕えた相手はダウスレム。
影獣の王にして、魔王にもっとも近い格付けNo1の実力者だ。
その格はスヴァイレクと同格で賢者達より影獣としては上だ。
ただ戦力として考えたらそんな単純な比較ではないだろう。




