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【第63話:できる限りを持って】

戻る旅も中頃まで来た。

明日にはカルドラスの街に出て、一端マルタスと別れる予定だ。

王都に汽車で向かい、ルメリナからの応援を受け入れてもらう予定なのだ。

残りでヴァルディア家に寄ってミーナとレティシア、侍女達を乗せてルメリナの自宅に匿う予定だ。

スリックデンからは馬車で移動するが、ヴァルディア家のものではなく、ユア達自前の物を使う予定だ。

周囲に対するアリバイである。

今先行して夜霧で家に向かい、ユアとアミュアで馬車をスリックデンのヴァルディア家に持ち込む予定だ。

家までの移送はノアとラウマに任せ、アミュアとユアは王都に夜霧で急行。

うまく行けばマルタスにそれほど遅れずたどり着く予定だ。

夜間でも夜霧の足並みに乱れはない。

夜の方が得意なのだ。

既に走り出して1日以上たち、明日にはスリックデンを越える予定だ。

まる一日の移動はユアとアミュアを消耗させ、一端休憩と野営場所を探していた。

夕日になる頃程よい木影を見つけ、枝を拾い集め焚き火をおこす。

手慣れた手つきで火を着けるユアをアミュアが見つめる。

食事の準備にと持ち出した小鍋と携帯食料を胸に抱いて。

もうずっとユアの本当の笑顔を見ていない。

寄り添ってもどこかに遠慮する気配。

(‥‥そんなに‥‥‥‥)

じわっと涙が出そうになるアミュア。

(‥‥そんなにカーニャが大事なの?)

はっとアミュアは自分の思考に怯える。

ぶんぶんと首をふるアミュア。

(ひどい‥‥なんて事を考えたの?)

ユアに背を向け、黙々と生活魔法で食事の準備を進めた。

もちろんアミュアだってカーニャは心配だし帰ってきてほしい。

出会った頃のアミュアはとても純粋な想いをユアに寄せた。

人同士ではなく、精霊が人を守るようにただただ大切だと想っていた。

沢山のユアを知り、沢山のアミュアをすくい上げられ、人として1人のユアを好いていく。

生死すら幾度も共に越え、ユアを失う恐怖も知った。

失いたくないと想いを持てば、それは愛情に変わる。

アミュアはユアに恋をしているのだ。

1人の人間として、女の子として。

そこには独占したい気持ちや羨み嫉妬する心までが育まれたのだった。



食事を取って、片付けをする。

手慣れた2人にとっては集中するような作業ではない。

いつも楽しい会話をしながらこなす作業だ。

アミュアは自己嫌悪でユアに目線が合わせられない。

ヴァルキラスの精神魔法がまだ何か残っているのでわ?とすら疑った。

そうして落ち込みながら焚き火の前に座る。

畳んで敷いた皮マントには、自然と右側にスペースを残す。

そこにユアが座るのが当たり前だとアミュアは無意識に空けて座る。

ユアが入れていたお茶をカップに注ぎ持ってきてくれる。

「はい、アミュア」

「うん‥‥ありがと」

受け取ったカップから優しいミルクと茶葉の香り。

昔は美味しそうな匂いに、早く飲みたいと、ふーふー頑張って冷ましたものだとアミュアは懐かしむ。

自然と微笑みが浮かんだ。

今は香りを楽しみながら冷めるのを待てるようになった。

隣に座ったユアがふわっとマントをかけてくれる。

右手にカップを持って、左手で首のひもを解き、器用にこなすユア。

ユアの左手はそのままアミュアの腰を抱いた。

アミュアの頬にあたたかなユアの温度が触れ、心がふわりと柔らかさを取り戻す。

「やっと笑ったね」

優しいユアのささやきが右耳に落ちた。

「‥‥うん」

それだけで頬が熱を持つのがわかった。

ユアはアミュアの変化を見逃さない。

両手で包んだ熱いカップよりも、簡単にユアはアミュアを温めてしまうのだった。

その心までも。




アミュアはユアの肩にもたれ、両手でユアの右手をにぎっている。

今は温まりきった手のひらから、ユアに温度を返したいのだ。

残った左手でユアは小枝を焚べる。

風上に居るのでそれほどではないが、焚き火は少し2人を燻し、焦げ臭さを足す。

2人は慣れているので、それが不快だったりはしなかった。

パチとまた火種がはぜた。

その音に隠すようにそっとアミュアがささやく。

「ユア‥‥」

「なぁに‥」

ユアも静かな声で聞き返す。

頭を上げてユアを見つめるアミュア。

「前にね‥ユアのおかあさまのお話ししてくれたでしょ?」

見つめるユアの目に柔らかさが宿る。

アミュアが「おかあさま」とエルナを呼ぶのが嬉しいのだ。

それは優しい母のぬくもりと似たあたたかさをユアにくれる。

「‥‥戦場でできる限りを持ってお祝いしてくれたと‥‥結婚式ね」

アミュアは少し頬が赤い。

とても結婚式の話が気に入っていて何度もするのだ。

「わ‥‥わたしも‥‥」

どんどん真っ赤になるアミュア。

それでもアミュアは目線を切らない。

真っ直ぐ見つめるのだ。

まるで自分を見てと言わんばかりに。

「‥キ‥‥‥‥‥‥‥指輪が欲しいな‥‥」

ついにユアの肩に顔を埋めてしまうアミュアは、耳も首も真っ赤になっている。

(アミュアのバカバカ‥‥なんてことお願いしようとしたの‥‥)

頬に優しい手が触れる。

ユアはアミュアに触るとき時々とても優しく触る。

壊してしまわないようにと、大事にするかのように。

反対の頬にも手が触れる。

挟まれたアミュアの顔が上がると優しい鳶色の瞳が見つめている。

(ユア‥‥瞳がきれい‥‥)

大きなユアの瞳に、自分のオレンジ色の顔が小さく半分だけ写っている。

左から焚き火が照らすからだ。

赤面しているからではないとアミュアは自分に言い聞かせる。

鼓動がどんどんとうるさいなとアミュアは思う。

「もちろん‥‥お揃いで買おうね‥‥銀のリングがいいな‥‥」

エルナが送られたのも銀のリングだったとアミュアは聞いていた。

嬉しいのに言葉が出ない。

気持ちを伝えたい。

すうと涙が出てしまった。

「目を閉じてアミュア‥‥」

ドクン

アミュアの鼓動が限界の音を放った。

ふるふると長いまつ毛が降り、夕闇が黄昏を隠すように、アミュアのすみれ色を隠していく。

さあっと冬の乾いた空気が流れていき、さわさわと枝を鳴らした。

今夜は満月に近くとても明るい。

月光が一つに重なった影を地に描く。

青白い光が2人を精一杯に照らした。

これがこの平原でできる限りだよと、ことほぐように。







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