【第6話:東にはなにがあるのかな】
スリックデンの東部にも街がある。
スリックデンから十字に伸びる街道の東側に3日ほどで汽車なら着く。
今回はユア一人なので、夜霧はアミュアに貸して魔導汽車で来たのだ。
馬車は汽車より遅いので、距離がある今回は諦めた。
秋ファッションのユアが汽車を降りる。
オレンジの長袖シャツと、焦げ茶の丈が短いキュロットスカートだ。
ブーツは膝上までくる茶色の革製で、ハイソックスがオレンジのラインをはみ出している。
今回は遠征なので、革の軽鎧と革の腕当ても装備している。
腰には細身の短剣一本だが、新調した小さめの背嚢は斥候兵仕様で二重圧縮収納だ。
その中には愛用のクレイモアも収納している。
「カルドラス鉱山都市か、初めてきたけど結構人がおおいな!」
先日カーニャをルメリナに招いたのだが、今取り組んでる依賴が終わらないので、手伝って欲しいと手紙で打診が有ったのだ。
「ええと、カーニャの言ってた所はもう少し奥の町だ。ここで馬車に乗り換えと」
汽車の駅近くには、各地への定期馬車があるようだ。
カーニャの手紙でもルートが指定してあった。
行き交う馬車の数は多く、中には巨大な荷役用の馬車もいる。
カルドラスは王国内の最大鉱山を持ち、近隣の山々には良質な鉱山が多い。
主に鉄道網でこの町に集められた鉱石は、スリックデンを経由し遠くポルト・フィラントを経て海路で輸出もされている。
駅は貨物と共用で巨大な施設だ。
近隣には採掘拠点を支える町々が点在している。
その一つがユアの目的地であった。
この町をこえ東側には砂漠が有りさらにすすめば海に、東方異国へと至るが、過酷なルートで商用には使われない。
迷い込んだら抜けられぬ死の砂漠とも言われているのだ。
馬車は辺境の町が目的地で、乗客は少ない。
ユアを含めて二組3名しか乗っていない。
残りに二人はかわいらしいドワーフの親娘のようで、幼女が母親に抱きついてユアを見ていた。
「こんにちわ、おじょうちゃん。アメあげてもいいですか?」
後半は若い母親に向けた。
「ありがとうございます。メメちゃんアメくれるってよ?おねえさんが」
「アメちゃん好き!ありがとう!」
そういって差し出してきた小さな手のひらに、ユアはオレンジ色の包み紙がよじられたアメを渡す。
自分もついでに一個口に入れて、母親にも渡す。
母親も見た目は小さい頃のアミュアくらいだ。
3人でオレンジの香りと甘さを味わいながらごとごとと、あまり舗装の良くない街道に揺られていた。
アメが無くなる頃、最初の町に付き親娘はおりていった。
小さい手が振られてユアも窓からふり返して笑顔が交わされた。
この町で乗り込んできた男が、少し走り出すとユアに話しかける。
「お願いがあるんですよね」
ユアはこてん首をかしげた。
「あれ?なんだろう?聞いたことある声」
ユアはあまり記憶力が良くないが、気配を含めて覚えるので、ある意味勘所は良い。
男はターバンとベールを外し、顔をさらした。
「前に一度王都でお会いしました、レヴァントゥスです」
整った顔をさらしたレヴァントゥスがにこりと笑う。
陽キャの笑顔だった。
ユアもにこりと笑うが、目は笑っていないし、右手が笑いながら短剣の柄に添えられた。
「ちょっとまってまって、戦わないですよ?お願いに来たと言ったじゃないですか」
ユアの手が柄に添えられ停まった。
ユアの腕ならこの間合いで外すことはない。
両手を前に出し敵意のなさを示すレヴァントゥス。
「ほら武器もないですよ?」
「あんた魔法使いだってアミュアに聞いたよ。今なら発動前に斬れる」
じわりとユアの殺気が滲む。
「話を聞いてください!お願いしたいことがあるんです」
レヴァントゥスの必死さに、嘘ではないと感じたユアが殺気を収める。
手はそのままだ。
「きいてあげる、なにかな?」
レヴァントゥスは丁寧に事情を説明し、協力を仰いだ。
セルミアに妹がいること。
ユアをカタキと追っていること。
今はレヴァントゥスが傘下にいること。
悪い娘では無いので、殺さないで欲しいのだと真剣に頼み込んだ。
しばらく考え込むユア。
「手紙もあんた達のしわざ?カーニャはいないの?」
ちょっと眉がさがり寂しそうなユア。
「手紙は僕が出したけど、事情は嘘ではないよ。カーニャもきっと困っていると思う」
ふむふむと考えたユア。
あっさり答える。
「わかった、殺さないと約束するよ。その代わりカーニャにもあたしの仲間にも手出ししないでね」
ぶんぶんと首を縦にふるレヴァントゥス。
緊張が少しとれて柔らかい微笑みに戻る。
「もちろんだよ、セリシアにも諦めるよう伝える。一度だけ相手してやってくれ」
少しさみしそうにするレヴァントゥス。
「姉が、セルミアが好きな妹なんだよ。君には迷惑だろうけど、気持ちは察しているんだ僕も」
ユアは考え込む。
「もしかして‥‥あんたって悪い影獣じゃないの?」
ドキっとするレヴァントゥス。
影獣だとは一度も伝えていない。
「ええと悪人では無いつもりです」
またしゅんと小さくなるレヴァントゥス。
また考え込むユア。
「あたしは2度セルミアに殺されかけた。一度はアミュアが記憶と体の半分をかけて助けてくれた」
ユアの眉がきりっと上がる。
思い出したのだろう、辛いことを。
ふっと表情を戻しさらに告げる。
「二度目はセルミアの術式自体が暴走して、自滅したの」
ユアは柄から離した右手を見る。
「セルミアの時に気づいたんだけどね、この右手が滅ぼした相手は自身の持つ理想の世界に行くの」
レヴァントゥスに視線をもどすユア。
にっこり笑っていた。
「セルミアの描いた世界は優しくて、あんたもいて笑っていた。影獣も人と同じなんだって解ったの」
レヴァントゥスは答えられない。
「セルミアが自滅した時こういったの『ごめんなさいみんな』とね。その時のあたしには意味が解らなかった。でも‥‥あのセルミアの世界を見て思ったの。ただ悪意だけではなかったのかもと」
レヴァントゥスは衝撃を受けていた。
セルミアの最後の言葉を聞いて。