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【第56話:もうおこったわよ】

後一段を降りれば最下層でその下は湖になっている。

湖の横には施設と思しき大型の入口が見えており、カーニャがいるならそこだと、少し前から当てにしていた。

ちょうど湖を挟んだ対岸にあるので、黒々と開いた入口が良く見えるのだ。

段の下には相当数の影兵士が整列していて、包囲するように両翼を広げ推し包んでくる。

ヒュゥゥゥウウウウ!!

風が勢いよく集まる。

ラウマの詠唱が終わり、緑に輝く身体は前衛のユア達に庇われ高く浮き上がった。

にっこり笑ったラウマがかわいい双葉のロッドを振りかざした。

『シェシェリュ・トルナダス』

ヒュゴォォオォォオオォオオォ!!

巨大な真空の竜巻が放たれ、10人づつくらい巻き上げバラバラにしていく。

一列に奥まで200人は放り上げただろう。

はるか彼方の湖や壁にがんがんぼちゃぼちゃとバラバラ死体が撒き散らされた。

とんっと着地するラウマが額の汗を拭う。

「ふぅ、がんばっちゃいました」

てへみたいな顔でユアをみたラウマはちょっと可愛かった。

威力はえげつなかったが。

そのままえぐり取った通路を駆け抜ける馬車を、3人で護衛する前衛。

先頭をまかされるのはノア。

1mほどの影の爪を片手に4本、両手にあるそれらが、竜巻に負けない働きをする。

振りまわす度に2~3人吹き飛ぶのだ。

無双とはこのことかとアミュアは感心して見ていた。

ラウマはちょっと休憩とばかりに馬車の操縦に戻り、右をマルタス、左をユアが守る。

二人共雷神を温存しつつ、大きな獲物を振り回している。

ユアは愛用のクレイモアで、ここぞと薙ぎ払い、切り下ろす。

マルタスも今日は両手持ちのランサーと言われる柄の前後に刃が付く獲物だ。

重装武器に分類されるこれは、斬る突く払うだけではなく、距離が開けば射撃を打てるのだ。

中央の柄と刃の間に弾倉と機関部が有り、内蔵の魔石で魔弾を放つ。

オールラウンダーのマルタスが操れば、全ての間合いが死地となる。

しかも合間に左手から無詠唱の風魔法で、範囲をノックバックする。

こうしてえぐるように影獣の兵たちをくぐり抜けて一団を切り裂いた。

「よし!ぬけたよ!!」

ノアが一番に切り込み、集団のあちら側に抜けた。

抜け出たノアは後方を援護しようと、ちらと後ろに意識が向いた。

はっと気付いたアミュアが警告を発する。

「ノアだめ!!後ろ!!」

ガンっとノアの首が右にブレる。

後方の崖を飛び降りてきたセルミアコピーの一人が大剣をふるったのだ。

血しぶきを上げ、ノアの身体が吹き飛んだ。

とっさに無詠唱の飛行魔法でアミュアが飛び出す。

「アミュア!!」

ラウマの警告も無視しアミュアが高速で敵の上を飛びノアに追いついた。

空中でがしっと抱きしめ上昇しようとするが、上からコピーが2体降って来る。

「くっ!」

とっさに右に進路を変えるが、そこにも下から攻撃が来る。

(あ‥‥よけれない‥‥)

ノアを抱えた重みでは機動に制限があった。

スローモーションのように加速された意識が大剣を見る。

強化魔法を纏っていたノアと違い、アミュアにそれを防ぐ術はない。

シュパアン!!

アミュアを攻撃しようとした一団が塵に変わる。

がしっと、ノアを抱えたアミュアをまとめてユアが抱きとめ着地した。

雷神で突撃しつつ薙ぎ払い、真紅の輝きが縁取り最大限の身体強化で飛びこんだのだ。

「無茶しないで!アミュア」

ユアの声には余裕がない。

崖ぎわに二人を押し込んで、腰の短剣を抜いた。

雷神を放ったクレイモアは、重いのでそこに残して飛び込んできた。

背に庇う二人に声をかけるユア。

「ノアは平気?!血が出てるよ!!」

言われてやっと状態確認をするアミュア。

側頭部に裂傷があり、ぴゅうーっと血が出続けている。

とっさに左手をかざし目を閉じるアミュア。

(ラウマ様ぁ!!)

ぱあとアミュアの左手が輝く。

円環の奇跡を一人で放ったのだ。

「ああぁぁああ!!」

それはアミュアにとてつもない苦痛を与える。

ぐっと奥歯を噛みしめるアミュアだが、全身にビクビクと痙攣が走る。

痛みで勝手に動くのだ。

「ぐぅぅぅうぅ!!」

一瞬で奇跡は終わってしまい、アミュアの魔力がごっそり持っていかれた。

ノアの頭部の傷はふさがり出血も止めることが出来た。

その間にもユアは左右に雷神を振り回し、1体2体とコピーを仕留めるが、上から次々と降りてきて補充されるので、周りからコピーが減らない。

馬車がすぐ近くまで来て急停止。

オレンジ色の魔力を吹き出し、詠唱していたラウマが直後に魔法を放った。

『ヴィーテニスフェッセ・フェルゥト!!』

それはこの世界には存在しない第四階梯の地魔法。

多重詠唱されたそれは恐るべき範囲に効果を及ぼす。

天を仰ぎかざした双葉のロッドが地魔法・橙色の輝きを放つ。

広範囲をカバーしたその放たれた光から逃れられた土地はない。

光をあびた全ての壁から地面から、競い合うように数百の枝葉がねじり生えてくる。

シャキン!!

空間を覆い尽くした枝葉が長大なトゲを生やす。

その枝葉はバラの木であった。

視界にはいる全ての影獣とコピーを貫きトゲが1m以上も伸びていた。

合間にある馬車にも、マルタスにも振れないよう完全に制御されている。

キッと正面を向くラウマ。

「よくもノアを!ゆるさない」

見たこともない怒りと魔力をにじませるラウマ。

どくんと枝葉が動くと影獣がしぼむ。

吸い上げたのだ。

ぽつぽつと紫のバラが咲き誇る。

数百も有る大輪のその数は、正確に刺し貫いた影獣の数だけあるのだった。

固まったポーズのまま見ているマルタス。

自分の前後にあるトゲが周囲の影獣を吸い上げるのだ。

「こわ‥‥」

さらさらと枝も花も粒子にかわり、魔力に解かれて消えた。

あとには死体一つ残さず、全て吸い尽くしたのだ。

目を閉じ俯いていたラウマがふらりと馬車の運転席に倒れる。

「ラウマ!!」

とっさにかばいに行くマルタスが間に合い、地には落とさず横抱きにした。

すやすやと寝ているラウマはいつもの優しそうな寝顔に戻っていた。




「‥‥」

シーンとモニター室に沈黙が降りる。

ありえないものを次々と見せられたのだ。

「飛んでたよね?あの銀色の子?飛行魔法だとでもいうのか?」

それははるかな過去に失われた第四階梯の空間魔法だ。

「いや雷神の雷と同じ速度で飛んだぞ?あの娘。慣性がおかしい‥‥勇者とはそんな生き物なのか?」

「いやいや、最後の魔法だろ?!おかしいだろ?あの範囲と威力」

「女王コピーすら範囲で一撃だと‥‥」

通常の第三階梯地魔法に似たものは有る。

『ヴィーテニスフェッセル』という枝葉で拘束し毒のトゲを範囲に放つ上級魔法だ。

範囲も威力も桁がちがうのは階梯を一つ上がるからなのだが、彼らには理解できない。

『次にすすめろ‥‥』

スピーカーから来る長官の指示で、また沈黙が降りた。

沈黙したが納得はできない彼らには、5人が人間でも影獣でもない、恐るべき何かに見えるのであった。








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