【第47話:いそぐ理由がある】
裏山の森が燃えていた。
レビテーションを一瞬かけて速度を落としたアミュアが、ユアの手を離し詠唱しながら落ちていく。
十分速度が落ちていたので、裏山の中腹にあった大きな木を蹴り方向を変えるユア。
裏山からセルミアコピーの集団がヴァルディア家に襲いかかっていたのだ。
風上に当たる裏山から、生木が燃える真っ白な煙を屋敷に振りまいている。
煙幕兼、目潰しであろう。
どれくらい数がいるのか不明だが、ユアの目は赤光を放ち、短剣は長大な黄金の大剣になっていた。
ぱあぁん!
一体の隙を付き、チリに変えて着地したユアの前には3体のコピーがいた。
アミュアは再度飛行魔法を行使して、宙を滑りながら詠唱し真っ青な魔力に包まれている。
『オウンディーヌスマッシュ!!』
わりと得意に入るアミュアの水魔法が弾け、コピーをなぎ倒しながら燃える木々も倒し水しぶきで範囲を消火した。
直後に無詠唱のアイスニードルが広範囲に十数本撒かれて、辺りのコピーたちを凍りつかせる。
濡れている対象はよく凍るのだ。
ダメ押しの上級魔法を詠唱しながら裏庭に降りたアミュアは水色の魔力を拭き上げている。
「アミュアそこまででいいよ」
とんっと後ろからレヴァントゥスが肩に触れて魔法を止めた。
よく見れば、黒服の家令達が数名とどめを刺して回っていた。コピーを殲滅出来たのだろう。
じっとレヴァントゥスを見るアミュア。
「2秒で離さないとあなたも凍らせますが?」
「ちょ!なんでいつもそんな怖いのさ!」
肩から手を離したので頭上のアイスジャベリンを消すアミュア。
「女の子に簡単に触ってはいけませんレヴァントゥス」
まだ怖い顔のアミュアからじりじり下がるレヴァントゥス。
「はいぃ‥‥しょうちしました」
すごすごと小さくなった。
中腹からジャンプしたユアが降りてくる、ひとっ飛びで裏庭だ。
「よっと」
着地も綺麗で音がしない。
強化魔法だけでは出来ない芸当だ。
(あいかわらずの化け物だな‥‥)
レヴァントゥスのほほに一筋汗がおちた。
同じことがレヴァントゥスにも出来るが、地面が爆発するだろう。
「レヴァントゥスどうなったの?二人は無事?」
息も切れていないユアであった。
レヴァントゥスは家人に見つからないようにと、家令の部下を連れてすぐに去った。
まもなくマルタスも裏山経由で戻り合流すると、経緯を報告しあった。
「よかった‥‥嬢ちゃん達は無事か‥‥」
家には入られなかったし、フィオナがとっさに結界で二人を包んでいたとのこと。
セルミアコピー達は20人以上居て、レヴァントゥスだけでは止めれなかったかもとも言われた。
今後を考えて少し戦力を補充してくるとレヴァントゥスは去り際に告げていた。
最初は山火事に見えて騒ぎが大きくなるとセルミアコピー達が家に襲いかかったらしい。
レヴァントゥスの風魔法で一回山の中まで吹き飛ばした所でユア達が間に合ったのだ。
「早めに気がついて良かったよ‥‥さすがマルタスさんだね」
褒められているのにがっかりなマルタス。
「いや‥‥そもそも囮にかかったのも俺だからな‥‥すまん、皆」
とりあえず三人は明日朝早いのだからと、風呂に入って寝るように勧められた。
三人に異論もなく、片付けをセレナと家人の人たちに任せるのであった。
フィオナは継続して護衛に付いている。
ちゃぷん
「ふぃぃ‥‥きもちぃな」
「‥‥あったまります」
二人でヴァルディア家のおふろに浸かっていた。
金細工猫足がついた陶器の大きめ湯船だ。
寄りかかったユアの胸にアミュアが寄りかかって頭を乗せている。
アミュアは髪をタオルで包んでいる。
「ユア‥‥今度ちゃんとお化粧させて」
「ん?いいよぉ‥‥あんまり好きじゃないけどお化粧」
「絶対綺麗にするから‥‥今日のは練習です」
あれが練習か‥‥とちょっと絶望のユア。
「そうだね‥‥もっと落ち着いたらね‥‥」
ユアの声に元気がなくなり、表情が曇る。
落ち着いてない現在が心にのしかかるのだろう。
声の変化だけで敏感に感じ取るアミュア。
ユアの足の間で振り返り、じっと目を見つめる。
ほんのり頬を染めてアミュアが告げる。
「‥‥ユア‥‥だいすきです」
アミュアの意図が解るユアはにこっと微笑みを作る。
また心配させちゃったなとも思うユア。
「‥‥うんあたしもすきよアミュア」
ぎゅうっと抱きしめるとアミュアも抱いてくれて、とても温まった。
翌日の朝食は駅でとなって、早い時間に家人が馬車を出してくれた。
玄関まで見送ってくれたエリセラにユアとアミュアはハグももらった。
しっかり抱き返すユアと、遠慮がちに手を添えるアミュアにそれぞれ笑顔を向けるエリセラ。
「絶対無理しないで‥‥必ず二人共戻ってね」
娘をたのむとは一度も言わないエリセラ。
レオニスも微笑んでうなずいた。
(カーニャが心配だと一度も言わない。本当にいい人達なんだな‥‥悲しませることはもうしたくない)
アミュアも二人の気遣いを心に刻み出発するのであった。
レヴァントゥスは王都も調査に行ってくれると言って昨夜に別れていた。
列車の客席は4人ボックスが並び、向かい合わせに2列づつ席がある。
マルタスが進行方向に座り、向かいに二人が並んだ。
荷物はほとんど後部の貨車に積み、手荷物とお弁当だけだ。
遠慮したのだが、エリセラがどうしてもと持たせてくれたお弁当だ。
「‥‥くっそうまいな‥‥貴族はすげえな」
マルタスの感想はちょっと下品で、アミュアがぷくっと怒る。
「かんしゃが足りないと没収です没収!」
そういってお弁当を取り上げようとするアミュア。
そこはさすがのオールラウンダーでアミュアの手を避けながらも食べ続ける。
能力の無駄遣いであった。
二人がきゃいきゃい食べる横で、もくもくと食べながら考え事のユア。
「どうした?ユア気になる事あるのか?」
親子喧嘩っぽいのをやめて、ユアをいにするマルタス。
アミュアもすぐ気づいてじいっとユアを見る。
「うん‥‥なんか影獣達あせってない?なんだあんなに強引に襲ったのかな?って」
「‥‥」
「‥‥たしかに」
無言のアミュアに肯定するマルタス。
「らしくない気がするの‥‥何か急ぐ理由があった?」
三人で頭を捻ってみたが、思いつくことはなかった。
汽車は軽快に平原を抜け、まもなく山間に入るところだった。
ガタンガタンと定期的な揺れはいずれ目的地に必ず着くとの安心感もはらんでいる。
お腹が満ちた三人が寝てしまうのは間もなくであろう。




