【第40話:賢者会というおそろしさ】
アミュアの結界魔法はビル1棟分の重量を余裕で支えている。
スペース的には5人で身体がふれず立っていられる程度の、半球状のスペースだ。
持続時間にも多重詠唱を割り振ったので、半日近く持つだろう。
氷魔法の効果を含むので、頭上で燃え続ける瓦礫の温度も伝えない。
複合魔法なので、風魔法の効果で、呼吸に十分な空気も圧縮して確保している。
「すごい‥‥としか言いようが‥‥」
フィオナは自分でも内側に、きっちり詠唱した温度制御を含む衝撃防御結界を張ったが、すでに持続時間が過ぎていて、その実力の差にぽかんとするしかなかった。
「アミュアはちょっと異常だから気にするな」
とはマルタスの意見で、耳にしたアミュアがぷうと膨れる。
「アミュアは天才だものね、いいこいいこ」
ユアに頭を撫でられると機嫌をなおすアミュア。
「セレナはへいきですか?」
アミュアは負傷したセレナを気にする。
「大丈夫です、ちょっと熱遮断が肩だけきれてしまって、無様を見せました」
「ううん‥‥装備の故障はしかたないよ‥‥それに可愛い悲鳴もきけた」
むふふとなるアミュアと照れるセレナ。
きゃあと女の子らしい悲鳴をあげたのだった。
余裕をもって落ち着いているのは理由があって、結界が持つならもう少し時間を置いて脱出しようと決めたのだ。
万一見張られていて追い打ちがあると怖いと判断したのだ。
とはいえ、明るくなる前には出る予定で、脱出路を計画していた。
「こちら側が裏口方面だな‥‥一旦俺が横向きに消すから、フィオナの結界で支えて進み、そこでユアが残りを消して出よう」
ユアの出力なら一撃で全部の瓦礫を消せるのだが、痕跡を最小限にしようと細く掘り抜く計画だ。
「了解‥‥戻ったら色々聞かせてね?マルタスさん‥‥あたしも話すから‥‥」
じっとマルタスの右手を見るユア。
そこには鎧も一緒に消してしまった、マルタスの肘からむき出しの右手が有る。
くろい痣が雷のように右手に刻まれていた。
東の空が明るくなる頃、外が消防やらハンターオフィスからの調査やらで大騒ぎしているのを横目に、少し離れた倉庫の裏に掘り抜いて脱出した5名は、一旦ホテルに戻った。
「お‥ちゃんと生きてたな?」
「こっちのセリフですぜ親父‥‥さすがに死んだと思いましたよアレには」
無事に脱出していた応援のハンターはホテルで待機していた。
「どんな魔法でしたか?」
これはアミュアからの質問。
「なんかでかい火の玉が上から降ってきたよ‥‥ビルくらいの大きさにも見えた‥‥世界終わるかと思ったよ‥‥アミュアちゃんはさすがにあーゆーの無いよね?無いと言って‥‥」
「なるほど『メテオ』系の魔法ですね‥‥無事でよかった‥しんぱいしたよ?」
クスクスと笑うアミュアはとても魅力的で、先輩ハンターもぽっと赤くなって「おう」とだけ返すのだった。
一旦解散して休憩し、ユア達は入浴して着替えたらそのまま出発となった。
ユアの部屋ではまた髪をかわかしあう二人。
「マルタスさんのアレ‥‥ペルクールそっくりだった」
ユアが櫛を入れてもらいながらアミュアに言う。
温風を制御しつつも丁寧にとかすアミュアは、ちょっと考えて答える。
「そもそもユアのそれも理屈がよくわかりません」
あぐらをかいたユアの後ろに膝立ちでアミュアが櫛を入れる。
「それはあたしもわからん‥‥」
ふいいいと温風だけが流れてユアの髪はすぐ乾くのだった。
交代して櫛を受け取ったユアが、正座したアミュアの長い髪を丁寧にとかす。
「今日は移動するし三つ編みにする?」
「うん、ユアあんでくれる?」
「いいよぉ」
「ユアのはきっちり編んでくれるから、崩れにくいです」
「えへへ、愛情こめてあむからね」
ぽっと赤くなるアミュアだが、後ろのユアには気づかれずに済んだ。
今日の移動は交替で仮眠しながら、少しペースを落として夜霧が走る。
上下に揺れないよう気を使ってくれるのだ。
何枚か余分に持った毛布で寝床を作り、夜霧に抱きついて仮眠するのだった。
騎手になった方が少し支えてあげると、十分に寝ることが出来る。
約半日の移動のところを少しペースを落としたので、夕方のスリックデン着となった。
ラウマとノアは明日の午後着の予定なので、ユア達はヴァルディア家に泊めてもらいに行く。
もう常宿状態なのであった。
エリセラのハグを二人共こなし、時間も良かったので晩ごはんを夫妻と共にした。
「お土産ありがとうねユアさんアミュアさん」
今日は王都で人気のマドレーヌを買ってきた。
「いえいえ、いつも泊めてもらってますので‥‥」
「王都でも人気のお店なんだよ!エリセラさん好きだといいな!」
にっこりひまわりで言うユアは、わざわざ立ち上がって来たエリセラにハグされるのだった。
「う~んユアさんいい子ね、もうウチの子におなりなさい」
「‥‥それはダメなの‥‥きっとあたしのおかあさんが淋しがるから‥‥ごめんね」
ユアの母はシルフェリアの地に父と共に眠っているとユアは考えている。
「‥謝らないで‥そうね。でも淋しいときは甘えに来ていいのよ」
事情を知っているエリセラはぎゅっと強めに抱いてくれる。
やさしいハグに、ユアも抱き返して癒やされるのだった。
客室は先日と同じ部屋をまた借りて、ここはユアとアミュアの部屋みたいな扱いになっていた。
ベッドは2つ入れてくれているが、簡易ベッドの方は使われない。
旅の間はくっついて寝ている二人は、同じベッドで寝るのだった。
「アミュア‥‥あたし凄くこわいの‥‥」
少し落ち着いた所でユアが切り出す。
「うん‥」
カーニャのことだろうなと当たりをつけるアミュア。
ユアはお風呂上がりでポカポカなのに、少し震えている。
「マルタスさんが言っていた賢者会って所‥‥そこにミーナやレティもカーニャも居る‥‥そう考えると不安になるの」
「‥‥‥‥」
アミュアはくりっと上向いて、ユアの目を見た。
ぎゅっと胸に抱かれているのだ。
「無事であってほしい‥‥」
「うん‥‥早く見つけてあげないとね‥‥エリセラさん達も可愛そうです」
アミュアもぎゅっと抱き返すと、やっとユアの震えがとまる。
まだ表情は泣きそうなままだ。
マルタスの説明では、時間をかけて調整し複製作業に当たるとは聞いた。
その調整というものが理解できず、結果を今日見せられたのだ。
「死にたくないでしょ」と聞かれて「ころして」と答えたのだ、あのエーシスという少女は。
殺せではなく、ころしてと願った。
死の方がマシだと答えたのだ。
そこに理解できない不安を募らせる二人。
「‥‥」
「‥‥考えてもわからないよ‥‥少しでも休んで力をためよう」
アミュアの提案にうなずくユアだが、目をとじても表情の悲しさは薄れなかった。
不安は恐れと疲労を着々とユアに募らせるのであった。




