【第34話:マルタスの怒り】
マルタスたちは半日ごと、バディ同士で情報を共有することにした。
朝と昼、夕方に全体ミーティング。
それぞれ情報を持ち寄り、共有する。
ユア達の様に戻れない時はハンターオフィスの伝言で、経緯だけは半日事に伝える約束になった。
スリックデンと王都では2日の時差になるが、足取りを追えるよう工夫したのだ。
そんな警戒が必要な相手とマルタスは認識していた。
「では、午後はこちらは戻れんかも知れないが、くれぐれも‥‥」
マルタスの言葉を途中でノアが遮る。
「わかったよマルおじさん、しつこいよ」
ぷくっと頬が膨らんでいる。
「必ず暗くなる前にここに戻ります‥‥ご心配ありがとうございますマスター」
次女のフィオナがノアに続け、気遣いへの礼を述べる。
侍女達は外様の姿勢を崩さず、マルタスをハンターオフィスマスターとして扱う。
マルタスが女子は夜間外出禁止と厳命したのだ。
「お前が特に心配なんだか?ノア。‥‥ラウマ頼んだぞ?」
マルタスには普段のふざけた雰囲気が少しもない。
「はい、ノアはまかせてください」
にこにこのラウマはいつも通り。
かつて数年にわたりスリックデンで賢者会を追い詰めたマルタスだ。
相手のやり方、目的を詳しく知っているのだ。
「今回だけで良い‥‥言うことを聞いてくれ。慎重にな」
マルタスの知る賢者会は、悪意に底がない。
いくつも潰した賢者会系の施設では、人権など守られていなかったのだ。
夕方のミーティングでもさほどの進捗はなかったが、侍女が仕入れてきた情報を、夜間にマルタスバディで調査することにした。
マルタスは女子はホテルで待機とし、ホテルの正面入口以外に罠を仕掛け、非常時の脱出手順まで指示してきている。
宿の主人には、未だ事情を話していないが、ハンターオフィスの名前で圧をかけ黙らせた。
「おやじさん‥‥今度のヤマはそんなにやべえんですか?」
応援のハンターはルメリナでも腕利きに入り、マルタスも当てにしている一人だ。
ローデンの有能さの片鱗が見える。
「そうだな‥‥お前ら知らんだろうが昔一度やりあってな、賢者会はハンターオフィスのルメリナ支部を潰しかけて相討ちだった相手だ。戦闘力もだが社会的力が怖い相手だ‥‥油断したり無理をすれば、足元をすくわれる」
「‥‥なるほど‥シルフェリアの時よりヤバそうだ」
この応援ハンターはかつてのシルフェリア調査依頼時に先行して単独調査をこなした斥候職だ。
ローデンとマルタスの弟子でもある。
「よし予定通り後は昨日の酒場で合流な。来なきゃ探しに行くから、遊ぶのならその後にな」
「くく、この空気で流石に羽は伸ばせねえよ‥‥では行ってくる」
そう言うとスルリと人混みの流れに消えていく先輩ハンターだった。
2人の間でも情報共有は徹底するマルタスは、全力で慎重な捜査を進めるのだった。
侍女達の持ち帰った情報に、マルタスの勘が反応するものがあった。
丁寧に表情を隠し、観察力の高いフィオナにすら気付かせず、心に留めた。
裏道の路地を抜けるマルタスは人混みに馴染める格好だが、内側に斥候用装備を仕込み、腰の後ろには愛用のバゼラードが2本刺してある。
(バレンシュタイン家か‥‥手強すぎるだろ‥‥スリックデンの時も確か絡んでいた)
フィオナの報告に金の動きで、賢者会系企業の名が出た。
昔のスリックデンの事件で揉めた企業の一つだった。
かなりの額がバレンシュタイン家から動いて、情報として漏れてきたのだ。
かつて賢者会を潰そうと動いていたマルタスの前に、何度も出てきた貴族名だ。
(金の繋がりだけならいいがな‥‥あんときにもでた名前だ‥‥バレンシュタイン伯)
バディの相棒はそっちを調べに行っている。
バレンシュタイン家と企業の関係性だ。
本来独立して動く内容ではないが、人手も足りなくやむなく分けて動いた。
その企業は王都が本社で、外壁外に社屋が有る。
今夜目指す先はそこだ。
ピタリと路地の影から出ない位置でマルタスが止まる。
見渡す先には闇に沈む大きな単独のビル。
周囲の土地ごと買い上げ、倉庫も何棟か建ち細々と建物が間にも大小ある。
今回の調査で初の違法捜査をする気なのだ。
(バレなきゃ違法もクソもねえ。真っ当に追い詰めれないなら‥‥裏からおさえるしかないってな‥くく、久しぶりだ‥‥思い出すぜ)
マルタスは不謹慎にもわくわくしている。
若い頃よくやった手法だ。
影を出ようとしてゾクリと一瞬だけ悪寒を覚え固まるマルタス。
(あの視線か?‥‥いや‥‥少し違うか?‥‥同種の感覚はある)
マルタスは迷うが、結局強行し誘い出す事とした。
侵入しやすい裏手に出るよう、道を選んできたマルタスは、詠唱し魔法発動。
紫の魔力が全身を包み消える。
斥候用の気配を消し、痕跡を残しづらくする継続魔法『ハイドシャドー』だ。
するっと塀を飛び越え音もなく敷地を進む。
(ここで仕掛けてくるなら、万一当たりもあり得る)
ここはミーナ達の監禁先として十分あり得る場所の一つなのだ。
倉庫の一つで、窓を細工して侵入するマルタス。
通常の鍵ならマルタスには秒殺だ。
小さな窓からするっと入り音もなく左右警戒。
奥へ進むマルタスは、商品と思われる梱包された荷物の間を抜け反対側からドアの鍵を空け抜けた。
同じ手順で全ての倉庫を確認していよいよ、最終目標をとしている社屋に向かった。
ここまでで賢者会とつながる気配は無かった。
少しだけ開けた大きな内部通路に出ると、またマルタスは視線を感じ立ち止まる。
十分警戒していたのに、上空から見つけられたようで、声がかかる。
恨みを孕んだバスの響きが落ちてきた。
「これはこれは‥‥懐かしい顔をみたな‥‥」
夜空を背景に浮かぶ男にマルタスも見覚えが有った。
「エルヴァニス‥‥いいところであった聞きたいことが有ってな」
なんでもない立ち話のように会話を始めるマルタスは微笑んでいた。
男は巨体を揺らしわらう。
「くっくっく‥‥楽しく会話をできる間柄ではあるまい‥‥」
「まぁそういうなよ外道。嬢ちゃん達を拐ったのもお前だな?何処にやった?カーニャはどこだ?」
ニコニコしながらいくつも質問して反応を見るが、全く感触がない。
エルヴァニスの横には少女のシルエットが一人。
影になっていて顔は見えないが、マルタスには予感が有った。
チリチリとマルタスから魔力が漏れる。
白い魔力はマルタス個人の色合いだ。
「答えないならもう殺すが?」
宣言と共にマルタスから威圧の殺気が放たれる。
めらめらと可視化される程の魔力と気合をもらしている。
堪えて探りを入れたのだ、因縁の仇を眼の前にして。
エルヴァニスはかつて果たせなかった、マルタスの魂に刻まれた敵なのだった。
「ゆけ、イーリス」
エルヴァニスの指示で戦闘が開始される。
ゆらりと前に出る少女はマルタスのよく知る面影。
先日のエーリスそっくりであったが微妙に気配が違う。
「‥‥何人つくりやがった‥‥コピーを‥‥」
歯を食いしばったマルタスの声は、エルヴァニスには届かなかった。




