【第31話:王都捜索本部】
カーニャは久しぶりに感じる感情を持て余したいた。
街道をそれ、疾走するカーニャは全力の強化魔法。
ユアのそれに匹敵する速度で駆け抜ける。
枯渇する魔力は、惜しげもなく効果なクスリで対応している。
そもそもカーニャは早熟で、子供の頃からあまり感情に振り回されたことが無い。
自己分析も正確で、積み重ねることで完成された大人の思考が出来る少女だ。
12才で家をでて学院から大学へ、ハンターになってからも活躍し、遂には17才史上最年少でハンターランクAと言う快挙を成す。
翌年の王都近郊での魔獣討伐時に公爵家の跡取りを救い、王家から名誉騎士爵『シア』と叙され、王都でも一躍有名人である。
そんなカーニャにも弱点とも呼べるものがあった。
実家の両親と、今は王都に居た妹ミーナである。
成功者で有名人であるカーニャには潜在的敵対者、利用しようと狙っているものなど枚挙に暇がない。
カーニャはできるだけ弱点を増やさないため、関係を絞って生きてきた。
バディや仲間を作らず、仲の良い相手もできるだけ作らないよう避けてきたのだ。
それはカーニャを孤独にしたが、今日まで守っていたとも言えた。
今のカーニャには守りたいものが沢山あるが、守ってくれる仲間も増えたのだ。
そうして近いうちにはユア達とすごすのもいいなと考えていたのだ。
今朝までは。
今朝一番のハンターオフィスでミーナ誘拐事件を知り、ラウマからの伝言も受けた。
もっともだと、逸る気持ちを抑え応援を待とうとしていた矢先に、手紙をもらったのだ。
差出人は無く、宛はカーニャだった。
一通り魔法的なチェックを終え、慎重に開封した。
そこには一葉の写真。
愛する妹、ミーナの写真であった。
誘拐したものからの手紙だったのだ。
拘束されたいたましいミーナの写真だけでも怒り狂うカーニャが、文面を見てオフィスに連絡すらせずに駆け出したのだ。
『早く来ないと妹に働いてもらうことになるぞ』
そう書いてあったのだ。
とある指定の場所とともに。
王都のハンターオフィスはあまり協力的ではなかった。
王都ハンターオフィスは表立っても知られる、カーニャの反対派閥だ。
オフィスの職員はユアたちルメリナのハンターに同情的で、できる限りの協力を惜しまなかった。
オフィスそのものの方針が、今回の事件にあまり興味を持ってくれない。
ユア達とマルタスも出資してくれた捜索協力の依頼もAランクで申請し、金貨も見合うだけ積み上げたが、Cランクとして受領し、大半の金貨をお釣りとして返された。
マルタスはオフィスマスターに直接掛け合い、協力を頼み込んでくれたが、答えは芳しくなかった。
「ていあんでーす!」
オフィスの歓談コーナーで、みなが沈み焦りを募らせる中、あかるいラウマの声。
「一旦拠点を持ちませんか?捜索本部みたいなのがあるといいとおもいまぁす」
ふんわりと言われて、納得や苦笑がみなに漏れた。
そんな大事なことすら思いつかず半日近く空回りしていたのだ。
「ありがとう‥‥ラウマ。みんなが泊まれて、全員でミーティング出来るのがいいね」
ユアが引き継ぎ、静かに話を進めた。
方針は決まったが、悩んでいたユア達。
なにしろ土地勘が無いのだ、王都には。
知り合いも知っている場所も限られている。
それは全員に共通した話だった。
カウンターに居た若い女性職員が見かねて、ラウマにホテルを紹介してくれる。
彼女の勧めで、オフィス推奨の小さめのホテルを借り上げる事とした。
これで腰を据えて取りかかれるのであった。
ここまでで、すでに一日を消費したと、ユアの心は焦りでどんどん重く苦しくなるのだった。
ホテルは20室程の小さなもので、部屋にシャワーがあるのが人気だが、少々古いのと立地の問題で人気はない。
外壁の外だし、オフィスからも少し離れているので、あまり人気がないので安く借り叩けると内部情報をくれた女性職員は、かつてラウマからカーニャへの伝言を頼まれた女性職員だった。
今では彼女は王都オフィスでもっとも彼らの事情を知る者となっていた。
「ラウマさん‥‥お力になれず‥‥」
「とんでもないですよぉ。沢山のお力添えに、皆に代わり感謝いたしますわ」
そういっていつものにっこり笑顔をくれるラウマはそっと職員を送り返す。
「無理をなさってはいけませんよ?お力をお借りしたいときは頼らせてもらいます」
そう囁くように告げ職員を帰すのだった。
ラウマは今の王都オフィスの状態を正確に把握し、女性職員の勤め先での立場もおもんばかったのだ。
四階建てのコンクリビルは、シングルだけ20室ありこの内さしあたって10室を月極で借り受けた。
値段は職員の言う通りかなり抑えられた。
お金が無いわけではないが、いつまで使うかがはっきりしないので、節約は助かるのだ。
「まずはメンバーの増員と、情報の収集だけにしぼるぞ」
最初のミーティングは時間も遅くなったので、それだけ共有して終わった。
共用の部屋を2つ準備した。
一階にある大きめの客室を片付けさせてもらい、大きめのテーブルと大きな地図。
壁にも拡大された各方面の地図を張り出した。
ホワイトボードも2枚入れられ、まさに捜索本部といった雰囲気。
こういった作業はマルタスがなれており、次々指示しこの形を作った。
となりのここより狭いが大きめの客室は共用の倉庫代わりに使わせてもらった。
2階の6室は女子用に当てて、今は4部屋にユア・アミュア・ノア・ラウマが入る。
事前に連絡が来ていて、明日からはさらにレティシアの侍女二人セレナとフィオナが加わる予定だ。
今日はヴァレンシュタイン家の方といろいろあって来れないとも言われていたが、二人のレティを探したい気持ちは誰よりも強い。
3階の二部屋を抑え、マルタスと近々くるはずのルメリナからの応援を泊める予定だ。
ユアの部屋にアミュアが来ていた。
ベッドに座るユアを、隣に座りぎゅっと抱きしめ、頭を胸に押し付けていた。
「だいじょうぶ‥‥必ず見つけます」
もう何度囁いたか解らない言葉だ。
部屋にもどるなり、しくしくユアは泣き出してしまったのだ。
「でも‥‥カーニャが‥‥」
アミュアだって仲の良いミーナやレティも心配だし、カーニャだって心配だ。
ユアのは何か違って、痛ましく見ていられなかった。
「ユアは心配なのね?カーニャはとても強く賢いです」
ユアもそれは知っていた。
こないだのルメリナ駅のようにただ別れるのなら、その評価でユアも気が楽になっただろう。
カーニャはユアよりずっと賢いともちろん知っているのだ。
依頼や事件だって自分たちより沢山こなしているのだ。
ただそのカーニャが何も、伝言すら残さず立ち去ったと、先の女性職員に聞いたのだ。
異常事態だと言える。
本来ならハンターとして、その時点で落第だ。
Aクラスのカーニャがすることではない。
それらをもってユアの胸を不安が押しつぶす。
「カーニャが‥こんな事するはずないよ‥行き先すら‥‥言わないなんて‥何かよほどのことがあった‥‥そうとしか‥‥」
ユアの心はそのマイナスのループにどこまでも沈んでいく。
「あの職員さんが言っていました。カーニャは最後に手紙を受け取っていたと」
ユアも聞いた話だ。
マルタスにも共有し、だした推測は誘拐犯からの接触。
そして情報を残さないよう脅迫された。
この線が濃厚だろうと。
「情報を待ちましょう‥‥ユア」
そう言ってそっとアミュアは抱きしめ、気持ちのこもった温度を伝え続ける。
それがアミュアに出来るたった一つだとでも言うように。




