【回顧3:時間がすぎると減っていくもの】
くらしていくうちに、いろんな色がぬられていきます。
それはほかのひとからぬられる色だったり、自分でぬってしまう色だったり。
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マルコが来てから10日ほど過ぎた。
2日と経たず森を回るのは無駄だと悟ったエイリスは、主にマルコに勉強を教えたり自分の得意なラウマ様の口伝などを教えた。
マルコは年の割に知識もあり、それなりに教育もされていた。
「ラウマは手のひらをそっと握るだけで、悲しい気もちや辛い気持ちをふわりとうすくしてくれる不思議な力を持っていました。人びとはラウマの形の像を作り、その手をにぎっては、心を救ってもらいました」
ラウマの教えの一説をマルコに聞かせるエイリス。
「あの泉でラウマ様の手を取った時、あたたかく癒やされる感じがあった。それがこの不思議な力なのかな?」
マルコの言葉はエイリスにもうれしい話だった。
エイリスはラウマ様の教えが好きだった。
そうであればいいと、思うほどには。
「きっとそうね。マルコが辛かったから、その痛みを減らしてくれたのよきっと」
そう伝えたエイリスの笑みには影はなかった。
そうして二人で暮らしていると、備えてあった小麦や畑の食べ物はすぐになくなってしまった。
他の家々も見て回ったが、あまり収穫はなく、節約しても3日程度のものだろうと思われた。
この時点ですでにエイリスは大人の帰還がないと断定していた。
(おかあさんたちが行った町とは反対方向にいったほうがいい。あちらにはきっと恐ろしいことがある)
エイリスはここを離れる決心をしていた。
このままでは死を待つだけで、自分ひとりではマルコどころか自分すら養えないと解っていたのだ。
この土地はミルディス公国とヴァルデン王国の丁度中間地点あたりにある。
東に行けば公国、西に行けば王国である。
母たちは東に行くと聞いていたので、西に逃げようと計画した。
西にはたしか新しい町が最近作られたと聞いた。
ルメリナというその町を目指すこととしたのだ。
集落中からかき集めた食料を準備する。
穀類は調理して持ち出した。
腐りやすいものから食べ、日持ちしそうなものをためたのだ。
母が残していった資産もかき集める。
金貨が1枚と後は銀貨数枚であった。
銅貨は小袋にそれなりの量が入っていた。
貨幣価値についてはあまり詳しく聞いていないので自信がなかったが、金貨は一度しか見たことがなく、たしか小麦を買い付けた時に出していた。
1年分の小麦だ。
他の家から持ち出すのは気持ち的にも教えにもさからうことで、金品は持ち出さなかった。
そもそもそんなには無かったのだが。
(このお金でなんとかなるのかな?)
エイリスには先々どうなるかの実感がまったくわかなかった。
「エイリス!鳥を捕まえたよ!」
マルコが獲物をみせにくる。
「すごいわ、弓がつかえるのね?マルコ」
「えへへ、武器は一通りお父さんが教えてくれたんだ。鳥を撃ったのははじめてだけどね」
朝からごそごそ試していたのはこのためだったのだろう。
「でも‥鳥をどうしたら食べれるのかわたしわからないわ?マルコはわかるの?」
さあっとマルコの表情が消える。
解らなかったようだ。
「やっぱり町にいきましょう」
マルコにも何度かはなしたことだった。
「うん‥」
もちろんマルコに積極的意見はなく、エイリスに従うのであった。
子どもの足なので旅程ははかどらず、何度か魔物にも襲われた。
マルコはハンターの家から持ち出し、短剣と弓を装備した。
革鎧もあったがサイズがあわず諦めて、革バンドだけ腕に巻いた。
盾にするためだ。
食事はエイリスが生活魔法全般を使えるので、それほど困らなかったが、あまり多くの水を出せないので、川や泉を探しながら進んだのだった。
この辺りにでるモンスターは森にいるものより大分弱く、ふたりにはあまり脅威とならなかった。
マルコも申告通りに、ある程度戦えて、拙くも前衛を務めてくれた。
火力はエイリスの魔法で十分であった。
野営の時間にエイリスは日課の神事を行う。
女神ラウマに祈りと供物を捧げるのだ。
供物は現在の状況を鑑みて、終わったら食べることとなっていた。
エイリスに習いマルコもすっかり覚えて一緒に祈りを捧げていた。
「ラウマよ、あなたの手の温もりを、私の手と心に映してください。悲しみを抱える者に、そっと寄り添う力を授け給え」
意味はよくわからなかったがマルコも覚えて一緒に唱えるのであった。
あの神像に触れたときの暖かさは本物だったと、マルコは思っているのだった。
ルメリナの町は最近になり作られたヴァルデン王国の辺境の町だ。
周辺にも幾つか開拓村が開かれ、いずれはそこまで町になり街となるのであろう。
今は商店が何件かと診療所が一件。
唯一立派なのはハンターオフィスで、木造4階建てであった。
こういった辺境部の開拓ではよくある構成であろう。
なにかのこだわりなのか、入口は木製のスイングドアで両開きだった。
チリン
ドアベルを鳴らし中に入るとざわざわとそれなりの人数がいた。
奥にあるカウンターを目指すエイリス。
マルコの手を引いてたどり着くのであった。
「あらどうしたのお嬢ちゃん?ずいぶん汚れてるわね?どこから来たの?」
対応してくれたのは若い女性職員でどうやらこれは戦災孤児だなと判断し上に伝えることにした。
「ちょっとこっちでお話しようね」
カウンターから出てきた職員は、そういって手を引いて1階のミーティングルームにつれていく。
「係の人をつれてくるからまっててね」
にこりと笑う職員に、やっとエイリスは力をぬいたのだった。
最終的に判断は所長のエルドが下し、スリックデンにある孤児院に送ることとなった。
「俺がエルドだ。街まで連れて行くから、あとはあっちで聴きな。今夜はこのオフィスで泊まれ、明日出る」
と、言いたいことだけ言うと、返事も聞かず出ていった。
「ちょっと所長!」
と最初の女性職員が文句を言いにいったところをみるに、ここの所長らしい。
そうしてルメリナに到着した二人の子どもは、生き延びることが出来たのだった。
「なんだか思ったより簡単にすんだね」
エイリスは気が抜けた声。
「あのおじさんちょっと怖かったけどね」
マルコの答えにエイリスもクスっと笑った。
マルコは久しぶりにエイリスの笑顔をみれて嬉しかった。




