カギ、開けます(1)
「ね、歪んでもいないでしょ」
金槌片手に錠前を差し出す。宮女はおずおずと錠前を手に取り、カギの開け閉めをする。
「あら、本当。これなら大丈夫そうね。じゃあそっちの、猫のをいただこうかしら」
支払いを済ませた宮女を見送って鈴釵は頭を下げた。
「お買い上げありがとうございます!これからも丈夫なカギの皓月堂をよろしくお願いします!」
物珍しさに人々が集まって来たので、鈴釵は次々にカギを売り込んでいった。
商品をすべて売り切った鈴釵が店仕舞いをしていると、ふと、四人の少女が立っているのに気が付いた。皆十歳前後で、生成りの生地に紺の縁取りの上着、紺の裙(スカート)を着ているところを見ると宮女のようだった。
そのうちの一人が進み出て大事そうに抱えている木箱を差し出した。
「あなた、カギ屋さん?これを開けてほしいの。開けようとしたら鍵が抜けなくなってしまって」
「少々見せていただけますか?」
見ると箱には錠がかかっていたが、さらにその錠には鍵が挿してあり、かろうじて頭の部分だけが突き出ていた。
(落として歪んだ鍵を使ってしまったかな)
鍵穴と鍵の間に余裕はあるものの、引き抜こうとすると鍵は奥に挿しこまれたまま動かない。錠も外そうとしたが動かなかった。
聞けば四人はみな宮女で一つの部屋を割り当てられており、貴重品はこの箱に入れて週ごとに鍵の当番を決めて管理しているのだという。しかし、つい最近一人が鍵を中にいれたままカギをかけてしまった。
「ごめんなさい……」
一番後ろにいた、おそらく当人であろう少女が力なくつぶやいた。
「よくありますよ。錠を閉じるときは鍵を使いませんから」
いたたまれなくなって鈴釵はつとめて明るく話しかけた。
箱を持った少女の隣にいたお下げ髪の少女が手振りを交えて話を続ける。
「だから宦官に相談したの。そしたらこーんなおっきな斧を持ってきて言うのよ、『カギを開けるより箱を壊したほうが早いぞ、これが万能鍵だ』って。冗談じゃないわ、そんなことしたら中身も壊れるじゃない!お金だけじゃなくてお母さんがくれた髪飾りなんかも入ってるのに。だから……」
「だから……って、もしかしてこの挿さっている鍵は」
「そう、別の形が似たやつを探して挿したの」
それを聞いて、鈴釵は思わず天を仰いだ。
「そんなに駄目だった?鍵の形がそっくりだったから大丈夫だと思って」
もしかして彼女が発案者だろうか。慌てたように一番端にいた少し背の高い少女が言った。
「カギの仕組みはご存知ですか」
気を取り直して鈴釵は少女たちに尋ねた。
「バネでしょ。バネが錠の中で開いてつっかえるからカギがかかるし、逆に鍵を挿してバネを閉じればカギが開くって、誰でも知ってるよ」
背の高い少女が答えた。
鈴釵は頷いてそれに補足するように説明を加える。
「そう、仕組みはすごく単純、板バネを開け閉めするだけ。だから錠前師はバネの幅や鍵を挿し込む時の切り欠き、鍵穴や鍵の曲げ具合を少しずつ変えて一つとして同じものがないように作るんです。それか、からくりを凝らして鍵穴を分かりにくくするとか。まあ、大昔の錠前は偶然形が一緒になっちゃってその辺の鍵を挿してみたら開いちゃったり、とかはあるんですけど。とにかく、一見そっくりに見えても細かいところは違うんです。だから別の鍵を挿すと開けられないどころか壊してしまいます」
抜けない鍵を動かしてみる。かすかにバネがたわむ感覚があった。
「私が思うに、おそらくこの挿した鍵は錠の中のバネより少し長いんでしょう。バネより長いから奥まで挿し込んで中でバネが開いてしまっている状態かと」
「で、結局開けられるの?」
背の高い少女の問いに対して、鈴釵は自信たっぷりに言った。
「お任せください」