鍵師の仕事
夕日が最後の輝きを宮殿の屋根瓦に落とし、地面の影は長く伸びて薄闇がせまる時刻。
涼を取るために丹塗りの扉は軽く開かれて僅かな風が出入りしているが、部屋には昼間の厚さが少し残っていた。
中では部屋の隅に女官が三人ほど椅子に座っていた。宝石のついた釵を髪に挿し、目にも鮮やかな刺繍が施された衣を着ており一目で上級と分かる。
彼女たちは忙しそうに刺繍をしていたが、その向かい側、窓辺を気にせずにはいられないようだ。ちらちらと視線を動かして様子をうかがっている。やがて一人が向かい側に声をかけた。
「黙ってないで早く開けるのよ。できなかったらお妃様に言いつけてやるからね」
その窓辺には質素な生成りの衣服を身につけた宮女がいた。歳の頃は十七、八。きりりとした涼し気な目元をしているが、大柄な体形と軽く日に焼けた肌のために、高く一つに結った長い髪がなければ少年と間違われそうである。
彼女は窓に向かい座り込んでいた。いや、向かっていたのは窓ではなく、一抱えもある櫃である。さらにいうと、その櫃に取り付けられた金属の錠前をただ鋭い目つきで睨みつけている。女官の声も彼女には聞こえていないようだ。
錠前はちょうど親指と人差し指を伸ばしたほどの大きさで、まるで凹の字を横に引き伸ばし開いた空間に棒を一本差し渡したような姿をしていた。差し渡した棒は櫃に取り付けられた金具の輪に通されて閂の役割を果たしている。錠の表面には細かい花模様が彫刻されており、これ自体が一種の装飾品のようである。
やがておもむろに手鏡を取り出し、錠の側面の鍵穴に反射させた光を当てた。鍵穴を照らすようにして中をのぞき込む。次に傍にあった巾着から何種類かの大きさの細い板状の金属を取り出して鍵穴にあてた。金属の先は直角に曲がっていて角度をつけて鍵穴に差し込めるようになっているが、どの板も入れることはできなかった。
やがてこれまた何種類かの大きさの鑷子(ピンセット)をとりだして鍵穴に入れた。三本目で鍵穴に入れることが出来た。そのまま差し込んで押し出すように手を動かした。
すると、錠前の鍵穴のある鑷子を入れた側面とは反対側の壁が動いたと思ったら、鑷子を差し込んだ分だけ押し出されてきた。鑷子の先端は動いた側面に直角取り付けられた板バネを挟んでいた。金属が擦れる音をたてながら同時に上の閂部分も動く。やがて櫃の金具から外れ、錠が開いた。
女官たちは驚いて手を止める。
「開きました。ご確認ください」
開いた錠をそのままに、宮女は立ち上がって女官に向き合い礼をした。