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【ギリシャ物語】約束。  作者: 銀糸雀
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このお話は【ギリシャ物語】の

失恋。→おまけ。→南国。(楽園の夜。)→微熱。→浅き夢。

と緩~く繋がっております。

単独でもお読み頂けますが、そちらを先にご覧になるとよりお楽しみ頂けるかと思います。


詳しい人物紹介については、

【ギリシャ物語】登場人物を御参考下さい。


<簡易人物紹介>


●ヘルメス<伝令神>

茶髪緑眼。陽気な曲者。

女性には手が早いが、ことアポロンとの関係ではやや抑え目。


●アポロン<光明神>

金髪青眼。ロマンティストなシスコン。

ヘルメスの親友。


●アルテミス<処女神>

金髪青眼。アポロンの最愛の姉。


●アテナ<知と戦の女神>

茶髪黒目。ゼウスの長子で優秀。

みんなのお姉さん的立場。


●アレス<軍神>

赤髪藍目。正妃ヘラのゼウスの息子。

ヘルメスの悪友。


●ディオニュソス<酒の神>

黒髪紫目。天界随一の美少年。

ヘルメスに小さい頃助けられており、仲良し。


●イリス<虹の女神>

金髪空色眼。おっとり優しい。

ヘルメスの同僚でやはり伝令の女神。虹の橋を作り出す。


「アポロン、今、ひま~?」

陽気な声に振り返ると、神殿の窓枠からヘルメスが顔を覗かせていた。

「…偶には入口から入って来い、入口から」

「はいはい、すみませんねぇ…よっと」

片手で翼の付いた帽子を押さえ、片手で伝令の証しである金の杖(ケリュケイオン)と酒壷を持って、部屋の中に飛び降りる。

「暇だったら一緒に呑まない?」

「…悪いが、今はそういう気分ではない」

ヘルメスに背を向けて机に向き直ったアポロンは、再び羊皮紙に羽根ペンを滑らせ始めた。

「何書いてるの?」

見るからに仕事の書類などではない。ヘルメスは酒壷をテーブルに置いて近付く。

「これは、愛の詩だ」

「…ふむふむ。”月光を浴びて、森をしなやかに走り抜ける我が姉アルテミス、その美しき姿…”」

「こ、こら読むな!」

いつの間にか一枚くすねられていた紙を、アポロンは慌てて取り返す。

「いや、実に君らしい詩だねぇ」

「誕生祝に、姉上に壮大な抒情詩を捧げるのだ!きっと喜んで頂ける筈!!」

「……。絶対、普通のプレゼントの方が喜ばれると思うけど、止めはしないよ、うん」

クスクスと声を押し殺してヘルメスは笑った。

「じゃあ、僕は失礼しようかな。邪魔しちゃ悪いし」

「…ああ、なんかすまなかったな」

アポロンは、ふとヘルメスを追い払う形になったことに気付いて振り返ったが、すでに彼は、砂色の頭の後ろに腕を回し、もう片方の手をひらひら振りながら、遠ざかっており。

「今度暇な時に呑もうよ。またね」

「…ああ、また」

一度もちゃんと顔を合わせないまま、その姿は窓の外に消えた。

それが、どんなに儚い約束か、アポロンは知りもしないまま。


……その夜から、ヘルメスの行方は判らなくなった。






翌日。オリンポスは軽いパニック状態にあった。

なにせ、人一倍多忙な伝令神が一人、何の知らせもなく失踪してしまったのである。

物流は滞るわ、死者は道に迷うわ、旅人は宿から出られないわ、ゼウスの浮気はバレるわで大騒ぎ。

伝令の方は、イリスがいつもの二倍は駆け回ってなんとかフォローしていたが、死者の魂を運ぶタナトスは、過労で死に掛けていた。

その一方で、兄弟達によるヘルメス捜索隊も組織され、最後に姿を見たというアポロンは、神殿で質問攻めにあっていた。


「ああ…きっと、ヘルメス、なんか悩みがあってアポロンの所に行ったんだよきっと~」

ディオニュソスがそう言えば、

「なんで薄情なアポロンの所に行ったんだ、俺の所にきやがれ水臭いぜちくしょー!」

とアレスが鼻を啜る。

「…いや…俺も多分、アレスには相談しないと思う…」

「それなら、智恵の女神たる私の所でも良いではないか。何もこの男でなくとも」

「アテナお姉さま、アポロンを責めても仕方ありませんから…そのくらいで」

アルテミスがアテナを宥め、アポロンは慌てて手を振る。

「い、いや、別に悩んでいる様子はなかった!酒を呑まないかと誘われただけで」

「バカだなぁ~、アポロン。あのヘルメスが正面きって”悩んでます”なんて顔するわけないでしょ」

うんうんと兄弟達に揃って頷かれ、アポロンは少々落ち込んだ。

…そうだ、私達は親友だった筈。

それなのに、自分のことにかまけて、まともに相手もしなかったのだ。

もしかしたら、ヘルメスは私に追い払われて、どこにも行けずに思い詰めて…

「…すまないヘルメス…私は親友であるお前に…すまないすまないすまな…」

虚ろな目でブツブツと呟き始めたアポロンに、流石に四人とも拙いと思ったのか、取り合えず地図を広げて、手分けして探そうということになった。

「とは言っても、範囲が広すぎるんだよな…。大体、あいつ一晩でどのくらいの距離走れるわけ?」

アレスはう~んと唸って紙を指で弾く。

「全速力だったら、そろそろ世界一周して戻ってくる頃じゃないかしら」

「…だったら、ここで待ってた方がいーんじゃね?」

「だからお前は馬鹿だと言われるんだ。馬鹿者」

「んだとっ!」

アテナが冷たく言い放ち、アレスは青筋を立てる。

「ん~、でもね、アレスの言うことも一理あるかも~」

ディオニュソスが間延びした声を上げる。

「どういうことだ?万年泥酔少年」

「酷いなぁ、アテナ。…だってさぁ、ヘルメスが僕達から逃げようとしていたら、絶対捕まらないよ?逆に、帰って来ようと思ったら、いつでも帰ってこられるんだし」

「それが何時になるか判らんから探しに行くんだろうが!」

まさに直感vs知能の論争。アルテミスは苦笑して凹んでいた弟を振り返る。

「ねぇ、アポロン。何か手掛かりになるようなことは言ってなかった?…そ、その、女性のことでも宜しくてよ?!」

「いや……」

アポロンは小さく首を振って立ち上がった。

「だが、予見()えた…。ケリュケイオンが、落ちている。この神殿の近くだ」

「何?!」

「なるほど、お祖母(ポイベ)様から譲られた予見の力があったな、お前には」

アテナが感心したように頷く。

「ヘルメスはこの近くにいる」


捜索を待つこと数時間。神殿で待機していたアポロンの元に、ケリュケイオン発見の知らせが届いた。

「ヘルメスは?!杖を置いて居なくなる訳はないだろう!!」

それは、私が彼に贈った物なのだから、とアポロンは声を荒上げる。

「それが…」

「しっ、大声を出すな、アポロン」

アテナが両手で何かを大切そうに抱えて、ゆっくりと神殿に入ってくる。

姉上アテナ…それは?」

「ケリュケイオンの傍で気を失っていた」

アポロンは彼女に近付く。濃緑のマントに包まれて、灰掛かったごく淡い茶色の髪のまだ幼い少年が、その腕の中で眠っている。

「…ヘルメス……」

アポロンは呆然と呟いた。



手の中から、砂が零れ落ちていく。

失ってはいけないものなのに。

忘れてはいけないことなのに。

なすすべもなく、砂は掌をサラサラと流れる。

「ダメっ!」

必死で掴んだ、一粒の砂。

それは…。


少年がゆっくり瞳を開けると、目の前に見知った男の姿があった。

天界でもっとも誉れ高き神と名高い、初めて見た時から、息が止まるほど美しいと思っていた顔…。

「アポロン…様」

彼は一瞬驚き、それから静かに声を発する。

「ヘルメス…」

深い、ビロードを思わせる艶やかな声。

その小さな呼びかけに、困惑と優しさを込めて。


「はい、なんでしょうか、ポイボスの君」

少年は、零れんばかりのエメラルドの瞳を向ける。

華奢でほっそりした身体、折れそうに細い首筋。

手足も小さく、シーツの中に埋もれそうだ。

柔らかな絹糸のような髪は、まだ後ろで括っていない。

自分が寝かされていた寝台を物珍しそうに眺め、部屋の様子を不思議そうに伺う。

これは、どう見ても…。

「お前の認識では、今生後何日ぐらいだ」

幼子は瞳を瞬き、それから首を傾げる。

「四日目です」

「ああそうだな、お前が私を”様”付けで呼んでいたのは、成人する前ぐらいだからな。私達は出会って二日というところか」

「…何を仰っているのか、よく判りませんが」

「まぁ、それはいい。簡単に言うと、お前は今、記憶喪失だということだ」

「記憶喪失…?」

少年は不信そうな顔をする。それから、身体を起こそうとして包帯を巻いた頭を抑える。

「…いたっ」

「ああ、ちょっと打っただけだ。ちゃんと私が治療しておいたので問題はない」

「それはありがとうござます…が…」

白い腕に寝かし直されて、至近距離のアポロンをじっと見つめる。

「ここはどこですか…?それから、母は…?」

「…ここは私の神殿だ。マイア殿にはさっき伝令をやった。心配していたからな、少しは安心なさるだろう」

その言葉に含まれた意味を、聡いヘルメスは敏感に察知したようだ。

「…母は、ここに来られないんですね…?」

「ああ…」

アポロンは、小さく溜め息を吐く。

「マイア殿は星になられて、御姉妹と暮らしておられる。易々と下りては来られまいよ。しかし、こちらから逢いに行くのは支障が無い。調子が良くなったら、すぐに連れて行こう」

「はい…」

瞳を伏せたヘルメスに、常に無い陰りを見出し、アポロンは思わずその小さな肩に触れた。

「私の誓いは覚えているな、ヘルメス」

「…はい。僕以上に近しい友は作るまい、と」

「それだけ覚えていればいい。お前は何も心配するまいぞ。今も昔も、私はお前の最も親しい友だ。それだけは、忘れるな」

「…判りました」

ヘルメスは淡く微笑んで見せる。その儚げな、咲き始めの蕾を思わせる笑みに、アポロンは酷く惹き付けられる。誘われるようにそっと額に唇を落とした。顔を上げると、大きな瞳が見開かれ、頬がうっすらと紅に染まっていた。

「あ、アポロン様…?!」

新鮮な反応だ、とアポロンは思わず笑いを押し殺す。

「お休み。もう少し眠った方が良い。見舞いたい者も多いようだが、お前にはまだ休息が必要だ」

「ありがとうございます…」

記憶喪失だという自分の状況に納得したかは判らぬものの、少年は素直に瞳を閉じた。

その寝顔にアポロンはふっ、と微笑み、灯りを持って部屋の外に出て行く。











生後四日目のヘルメス…

はぁ?四日?と思われた方もいらっしゃるでしょうが、彼は七日で成人(二十歳に、ということではなく、神格として)したという逸話があります。

…せめて、一年ぐらい掛けてくれ、話が書きにくいわ~~!と思った私。

もっとも、子供時代など無きに等しいレトの双神よりはマシ。


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