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始まりの鐘は高らかに

 大胆かつロマンチック、それがロージアだ。儚さすら感じさせる繊細美を極めた建築、ユーモアでエキセントリックな風土、光と花、雨と霧。地上の楽園とも称されるこの国は、二人の君主と四人の選帝侯を中心とする貴族社会である。


 だが、代々皇帝の一人を戴くアプローズ家が謎の滅亡を遂げてから、情勢は不安定となった。貴族間での権力闘争は熾烈を極め、ついには僭主フェラン・ラナンキュラスが勝利した。それに対抗するため、皇帝の片割れであるセント・ニコラスは保安執行局(SEA)と呼ばれる、事実上の私兵軍団を設立してから十年が経った今、保安執行局は地獄の様相を呈していた。


「……おい、アイスバーグ。俺は、確かに”迅速に”立てこもり事件の解決を求めた。だが、何も建物ごと爆破しろとは言ってないんだ。わかるか? アイスバーグ・ヴィルゴ・フロリバンダ。これで何件めの損害賠償請求だと思ってる? 今月に入ってからもう150件だぞ!?」


 保安執行局に勤めているロバート・ヒューイは、自他共に認めるスマートな人物だ。弱冠16歳にして名門フロリバンダ大学を主席卒業し、皇帝ニコラスから直々に治安執行局に引き抜かれた生粋のエリートである。だが今、常にニヒルな態度を崩さず、どんな仕事でも余裕綽々とこなす人間とは思えないほど彼はヒステリックに怒鳴り散らかしていた。


「聞いているのか、アイスバーグ!」

「無論聞こえています、ミスター。そして今回の任務にも対して深い悔恨と反省を覚えています」

「お前にしては珍しく素直だな……なら、今回の反省点を言ってみろ」

「ええ、ダイナマイトを投げるべきではなかったということです」

「それから?」

「粉塵爆発を狙うべきでした。小麦粉を使用しての爆発の方が費用相対効果が高く、経費が安くなります」

「お前〜〜〜〜っ!!!」


 今にも倒れそうなロバートに対して、アイスバーグは淡々とした無表情で首を傾げた。


「では、休憩室で仮眠を取るので失礼します」


 アイスバーグ・ヴィルゴ・フロリバンダ、四大選帝侯の一つ、名門フロリバンダ家の最高傑作。執行保安局のエース。息を呑むほど眩い純白の髪と絶対零度のアイスブルーの瞳の、見目麗しき白雪王子(シュネーヴァイス)

 だが、その実態は保安局きっての問題児であった。


「俺、この仕事やめようかな……」


 ロバートは胃を抑えた。ああ、悲しきかな。経費を計上するのは彼の仕事だった。

 はじめは、保安局に入ったばかりの頃は良かった。なにせ白い悪魔(アイスバーグ)がいなかった。あいつが入ってから散々だ。

 だが、一番の原因はやはり。


「人手不足だな」


 保安局で働く以上、どうしようもないことだ。実際、アイスバーグはトラブルを起こすが任務は全て成功している。大変なのは、ラナンキュラス派の妨害によるクーデター未遂や贈賄など兎にも角にも、重大かつ秘密に処理しなければならない問題が多いことだ。どれも並大抵の人間では務まらないため、保安局職員は限られた人数であたらなければならない。

 ふと、机に影が重なった。


「ロバート先輩、頼まれたものです」


ヴァイオリンのような穏やかな声が響く。


「いつもお疲れ様です。良ければコーヒーをどうぞ」


「ありがとう。フェリシテも保安局(うち)に入ったばかりなんだから、あまり無理して体壊すなよ」

「ご忠告ありがとうございます。こちらの書類、僕もお手伝いしますよ。二人でやれば、早く終わるはずです」


 フェリシテは柔らかく微笑んで、ロバートの机に積み上げられた書類の中から何枚か抜き取った。


「なら、ついでにオーブ地方への外勤任務も任せていいか?」

「外勤任務ですか……」

「そう不安そうな顔するなって。この任務は“安全“だし“楽“だから、研修が終わったお前にはいいと思うぞ」

「なら良かった。早く出て早く終わることにします。出発は二日後でも大丈夫ですか?」

「むしろ早くて助かるよ。汽車とホテルの手配は俺がしておくから、お前は当日荷物を持って乗り込むだけで十分さ」

「本当にありがとうございます」


 フェリシテは安堵したように眉を下げた。この年若い青年から伝わる初々しさと溢れ出る善良さは、どうも世間に擦れてしまったロバートや過労でネジが飛んでいる他の職員にとってくすぐったい。


「あと少しで俺も終わるから、もうあがっていいぞ」

「では、お先に失礼します」


 執務室に人がいなくなってしばらく、ロバートは最後に残った報告書を見ていた。


 フェリシテ・エペルペチュ、20歳。上層部からの推薦により保安執行局に入ったばかりで、仕事では勤勉この上なく、性格も善良で辛抱強くかつ人当たりも柔らかい。歴代最優秀とまではいかなくとも、指折り数えられるほどに優秀であり、過去の経歴を見ても特段目立った瑕疵はない。


「ただまあ……保安局は万年人手不足なんだ。手抜きっていうのは良くないよなぁ。アイスバーグ、お前だってそう思うだろ?」

「だからと言って、難易度の高い任務を渡すのはいささか意地が悪いというべきです。そしてロバート、私は今休憩中です」 


 暗闇から一層濃い影が身を露わにする。本来、オーブ地方の外勤任務を務めるのはアイスバーグだった。そう、ベテランの保安執行官にとっては、“安全“で“楽“なのである。嘘は言ってないさとロバートは肩をすくめた。


「どうせもう上がりだろ。獅子は谷に我が子を落として成長させる、なけなしの先輩心ってやつさ。 出来ないならそれまでだ。それにここは実力があるやつが残る場所でね。フェリシテのやつには悪いが、上からねじ込まれた推薦なんてクソ喰らえだ」

「フェリシテを推薦したのは私です」

「……」

「安心してください。多少強引なやり方ではありましたが、きちんと手続きは踏んでいます」

「……はあ!? お前が? 嘘だろう?」


 あのアイスバーグが推薦した? どんなに金を積んでも首を一切ふらず、美女からのハニートラップを受けても眉ひとつ動かさず、求める水準が厳しすぎるあまり研修した新人が全員辞めたやつが?

 今すぐ隕石が落ちてきた方がよっぽど現実的だ。


「別に驚くようなことでもありませんよ。実力があり、保安局でもやっていけると判断したまでです」

「……なあ、お前と手合わせして試験会場を全壊させた新人って」

「フェリシテですね。対人戦闘においてはまだ経験不足が目立ちますが、特に近接戦闘の技術に優れています。戦闘を避けるに越したことはありませんが」

「今すぐ鏡を見てみろ、この効率厨め。まあ、なんとかならなかったら俺達が出ればいいさ。そのための秘密研修なんだから」

「即席の手榴弾と地雷の作り方も教えたので無事に帰ってくると思いますよ」

「……」

「何か?」


 やっぱり仕事やめよう、ロバートは空を仰いだ。

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