131話─神威の令嬢と鉛の王
しばらくして、どこか満足げなブリギットとゲッソリしたジャンヌが戻ってきた。相変わらずカーテンで簀巻きにされたまま、部屋の中に転がされる。
「今戻ったデス、ゆーゆー。心ゆくまでオハナシしたきたデスマス」
『お、お帰りなさい。あの……ジャンヌさん大丈夫なんですか? 魂半分くらい抜けてますけど……』
「わ、わたくしは大丈夫ですわ……。一瞬……いや三瞬くらいあの世が見えましたが元気ハツラツですわ」
「そう言うわりに声にまるでハリがねえじゃねえか……」
なにをやったのかを聞くとロクな答えが返ってこないだろうな、と即座に判断したユウはチェルシーと目配せし、スルーを決め込むことに。
ジャンヌも回復力が高いのか、それとも『オハナシ』が案外軽かったのか瞬く間に元気を取り戻していく。
「さて、それではユウ様。先ほどのお話の続きですが……わたくしの愛に応えていただけますこと?」
「君、簀巻きにされた状態でかっこつけても決まらないよ?」
「まるでまな板に載せられた魚ね……。というか、一つ聞いていいかしら? なんで指輪まで入念に準備してあるのよ貴女」
これまでの流れをなかったかのようにしたのはジャンヌも同じようで、簀巻きにされたままキメ顔をする。ユウに返事を問うも、目を反らされることに。
呆れ顔のミサキやシャーロットにツッコまれ、ジャンヌは床に転がされたまま得意げに胸を張る。その姿は、あまりにも滑稽であった。
「フッ、決まっていますわ。わたくしは何をするにも徹底的でなければ気が収まらない性分ですの。ゆえに! ユウ様の元に馳せ参じるに相応しい実力と実績、そして贈り物を用意してきたのですわ!」
「だってさ、シャーロット。どっかの誰かさ……ふべっ!」
「はいはい、そのどっかの誰かさんは置いといて。ジャンヌさん、貴女が本気だということはまあ……理解したわ」
「んにゃろ、思いっきりひっぱたきやがってよ……ちょっとからかっただけなのに」
そんなこんなで、ジャンヌの熱意がユウたちに伝わり……ひとまず婚約うんぬんの話は保留となった。今はそれより、優先しなければならない問題がある。
黒原によって引き起こされた、リーヴェディア王国へのおとぎの国の侵食。速やかに解決しなければ、王国を覆うおとぎの霧がクァン=ネイドラ全域に広がりかねない。
『まあ、いろいろありましたけど……これからは心強い仲間として! 一緒に頑張りましょうね、ジャンヌさん!』
「オーッホホホホ! このわたくしにお任せくださいませ、ユウ様! 貴方様の右腕として、そしてな・に・よ・り! 妻として相応しもがぁ」
「はーい、そこまでデース。これ以上のおイタはノーなのデース!」
「ブリギット、せめて口だけにしてやれ。顔全部覆ったら死ぬぞこいつ」
……果たして、この賑やかな没落令嬢と共に無事王国を救うことが出来るのか。小さな不安を胸に、ユウは苦笑いを浮かべた。
◇─────────────────────◇
「ぐ、う……。ここは一体……俺はどうなったんだ……?」
「やあ、お目覚めかね? ガンドルク陛下。ちょうどいいタイミングだ、つい先ほどお菓子の家の魔女から極上の茶菓子が」
「貴様、その匂い……異邦人な! 全部思い出したぞ、よくもあんな目に合わせてくれたな、許さんぞ!」
その頃、霧の中心部にて。おぞましい過程を経て絵本に変えられ、おとぎの国の住人にされたガンドルクが意識を取り戻した。
テーブルを挟んで向かいの席に座っている黒原に食ってかかり、返答を待たずに殴り付けてやろうとするが……ふと違和感を覚える。
「んん? なんだ、身体がうご……!?」
「ああ、失礼。陛下は今の御自身の姿を見られないのを忘れていた。ほら、鏡をどうぞ。素晴らしい姿に生まれ変わったよ。さしずめ【幸福な王子】……いや、【幸福な王様】といったところか」
「な、なんだぁぁぁぁ!? お、俺の身体が……鉄? 石!? なんだこれはぁぁぁぁぁぁ!!!」
拳を振り上げようとしても、動かせない。否、拳だけではない。目も口も足も、何もかもがピクリとも動かないのだ。その理由を、王はすぐ知ることとなる。
席を立った黒原が姿見を抱えて戻り、ガンドルクの眼前に置く。そこに映り込んでいたのは、鉛の立像と化した王の姿だった。
「残念、どちらもハズレだ。陛下は今、純鉛製の像になっているのさ。我々のいた世界、地球に伝わる絵本……『幸福な王子』の主人公の姿にしてあげたんだよ。フフフフ」
どういう原理かは不明だが、像であるにも関わらず絶叫するガンドルク。そんな彼を前に、姿見をどかしつつ黒原は得意気に語る。
……幸福な王子。冬を前に越冬のため旅立とうとするツバメは、金箔を貼られた王子の像が貧しい人々のため、自身に取り付けられた宝石や金箔を届けてほしいと頼まれる。
その頼みを聞き届けていくうち、少しずつみすぼらしくなっていく王子像。運命を共にすることを決めたツバメは冬が来た町に残り命を落とす。
最期は、町に相応しくないと撤去され、真っ二つに割れてしまった王子像の心臓たる鉛の塊と共に捨てられてしまう。だが、最も貴い二つのものとして神に選ばれ、王子とツバメは天国で末永く幸せに暮らす。
博愛と自己犠牲、その果てにある悲壮ながらも美しい心を描いた珠玉の絵本として地球で語り継がれている物語だ。
「ふざけるな! 元の身体を返せ! こんな身体じゃ政務は」
「政務? そんなことをする必要はない。王よ、私と取り引きをしないか? 我が配下、おとぎマスターズに加わりパラディオンたちを倒してくれたら。元の身体を返そうじゃあないか」
激高するガンドルクに、黒原は余裕たっぷりの態度で取り引きを持ちかける。が、もとより異邦人に激しい嫌悪を抱いている王が聞き入れるわけもなく。
「取り引きだと? ふざけるな、そんなものはただの脅しと同じだ! お前たち異邦人はいつもそうだ、そうやって上から」
「もちろん、パラディオンギルドを潰した後はおとぎの力を使って我々に反旗を翻してくれて構わない。その力があれば、大地を統べる大帝国の建立も可能だ」
「……なに?」
ユウたち相手にやったように、まくし立てようとしたガンドルクは黒原が発した予想外の一言でフリーズしてしまう。そんな彼を見て、黒原は兜の奥で笑みを浮かべる。
「不思議かな? だがね、私は何のリサーチもせずに取り引きを持ちかけるような真似はしないよ。陛下が我々異邦人を等しく嫌悪し、絶滅させたいと思っていることは把握しているさ」
「なら、何故その上で俺に取り引きを持ちかける。貴様の考えがまるで読めんぞ」
「簡単なこと、このおとぎの国にいる時点で私はもう異邦人でも未開種でもない。空想の存在となったのさ。ゆえに、異邦人を一掃されようがどうでもいい」
冷静さを取り戻し、静かに黒原に問うガンドルク。そんな王に、トップナイトは胸の内を語る。顔が見えないがゆえに、その言葉の真意を掴みかねていた。
「極端な話、だ。私はこのおとぎの国が永遠のものとなりさえすれば、リンカーナイツが滅びてもいい。このおとぎの国をネイシア様に捧げられさえすれば、な」
「むぬぬ……」
「なに、難しく考えることはない。私も陛下も、お互いに相手を利用しあっていると考えればいいのさ。敵はお互い、異邦人なのだからしばらくは共同戦線を張れる。そうだろう?」
パラディオンギルドも、リンカーナイツも構成するメンバーはみな異邦人。ならば、黒原自身にとってもガンドルクにとっても。敵は同じなのだと語る。
そうして、最後には自分裏切り下克上してもいいと宣言した上で黒原は誘う。一国の王を、自らの協力者に。
「……たしかに、な。いいだろう、今しばらくは貴様の言うことに従ってやる。だが忘れるなよ、パラディオン共を始末したら次は貴様らリンカーナイツだ! いいな!」
「ああ、もちろんだとも。ようこそ、おとぎマスターズへ。フフフ、陛下には幸福なる者として相応しいお姿を授けなければなるまい。姿だけでなく、相棒も……ね」
ユウが新たなる仲間を得る一方で、黒原もまた口八丁で自身の手駒を増やしていく。おとぎの国を巡る攻防は、ジャンヌの参戦を機に……より激しくなっていくのであった。




