102話─動き出す表と裏
『あぐあぐあぐ……』
「凄いなあ、ジブンよおそんなおむすび食べはるもんやな。そない好きなんか? おむすびが」
サモンマスターたちのアジトにお邪魔し、一通り見学を済ませた後。ユウはリビングにて、ひたすらおにぎりを頬張っていた。
緊張が解け、お腹が空いたのだ。父譲りの大食いなユウを眺めながら、アスカはそう問いかける。ユウは食べるのに夢中で、小さく頷くだけだった。
「私たちと出会った時、たまたまお弁当に持ってきてたおむすびをあげたの。それ以来、大好物になったのよ」
「ユウはなぁ、転生する前はマトモな飯を食ったことがないんだ。リニューショクだっけ? それを食う時期が終わった後は親に生ゴミだのを食わされてたらしい」
「何よそれ……ふざけた親ね、自分の子をなんだと思ってるのかしら」
リビングの隅っこの方で、すっかり打ち解けたパラディオン組とサモンマスター組がそんな会話を小声で行う。ユウの前世くらいは聞かせておかないと、またトラブルが起きかねない。
そう判断したシャーロットやチェルシーにより、手短にユウの前世がエヴァンジェリンに語られる。エヴァンジェリンが憤っていると……。
「ただい……おや、お客さんか。珍しいな、ようこそアジトに」
「貴方……ああ、エヴァンジェリンから聞いてるわ。貴方がサモンマスターの一人、ドルトさんね。はじめまして、私はシャーロット。こっちのデカブツがチェルシー、向こうでおむすびを食べてるのがユウよ」
「で、その尻尾をクシでとかしてるのがブリギットだ。よろしくな、ドルト」
「ああ、こちらこそ」
リビングの扉が開き、エルフの青年が入ってくる。彼の名はドルト、とある縁でキルトと知り合いサモンマスターとして共に戦う仲間になった……と、シャーロットたちはエヴァンジェリンから聞かされていた。
そんなドルトと和やかに挨拶をしていたその時。
「ちゃお、久しぶりだね~。三百年前はありがとー」
「げっ、アンタは盾の魔神リオ! 何しに来たのよ、わざわざアジトま……って、なんか透けてる?」
「うん、僕は分身だからね。本物は鎮魂の園でグランザームたちとビーチバレーしてるよ」
どこからともなくリオの分身が現れ、にこやかに手を振る。エヴァンジェリンの言葉に答えた後、アジトに分身を送り込んだ理由を伝える。
「ちょっと問題が起きてね。今回の事件の首謀者……ウォーカーの一族の大幹部の一人、タナトスってのに裏をかかれちゃって。あいつ、盗まれずに済んでたダイナモドライバーも奪う……と見せかけて、ちゃっかりデータだけ抜き取ってったんだよね」
「ああ、なるほど……。大規模な簒奪をしたのだから、次も同じ手で来る。そのタナトスという者はそう思い込ませて、別の手口でまんまと目標を達成した。そういうことですね? リオ様」
「うん、流石シャロちゃん。理解が早くて助かるよ。僕も連絡が来た時は舌打ちしちゃってさ、嫌になるよもう。いい加減やられっぱなしなのはシャクだから、五日後に総攻撃を仕掛けることにしたんだ」
「とうとうアタシたちが大暴れする時が来たのね! それじゃあ」
「張り切ってるとこ悪いんだけど、みんなには万が一に備えて待機しててほしいんだ。今回殴り込むのは僕とアゼルくんにコリンくん、それからキルトくんに……ユウ、君もだよ」
双子大地で行われた、サモンマスターとルナ・ソサエティ……そしてアゼル率いるネクロ旅団から派遣された助っ人たちによる、特別連合軍。
彼らの活躍で、ダイナモドライバーそのものを奪われることは防げた。だが、敵の方が一枚上手だったらしくまんまと出し抜かれてしまったらしい。
それに怒ったリオは、ついに総攻撃を行いこれまでの借りを返すことを決めた。ついに出撃だと喜ぶエヴァンジェリンだが、かけられた言葉は無情だった。
『んぐっ!? む、むぐうう……』
「ああっ、おむすびが喉に! 大丈夫デスかゆーゆー、お茶飲むデスマス!」
突然の指名にユウがむせるなか、尻尾の手入れをしていたブリギットが慌ててお茶を差し出す。彼女のフォローにより、どうにか窒息は免れた。
『う、んぐ……。ありがとうございます、ブリギットさん。もう、いきなり話を振らないでくださいよパ……リオさん』
「ごめんごめん。……ところで、ここじゃパパって呼んでくれないの? やだなー、悲しいなー。僕はユウのパパなのにー」
「いやいや、ちょい待ちや。……え? まさかホンマに実子なん?」
一応関係性を隠そうとするユウだったが、その努力は他ならぬリオによって木っ端微塵にされて無に帰してしまった。泣きマネをするリオとずっこけるユウを交互に見て、アスカが呟く。
『はあ……。もう隠そうとするのバカらしくなっちゃいました。ええ、そうです。ボクはリオさんの息子です』
「そうそう。僕の血と創世六神が用意した器を使って創った肉体に魂を宿らせて、ユウを転生させたからね。だから僕の息子だよ! ぶい!」
「はあ!? ちょ、何やってんのよ天上の連中!?」
「ふふーん、聞きたい? じゃ教えてあげるよ。五日後の計画についてもね!」
ユウとリオの魔神親子の話を聞き、驚愕するサモンマスターたち。そんな彼女らに、リオは今後の計画についても含め話を始めた。
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「……さて、ここでやすね。あっしの人工頭脳に蓄積されたデータによると、ここらへんに隠し扉が……。ん、ビンゴ」
ユウたちがダイナモドライバー事件の解決に奔走している頃。一人クァン=ネイドラに残った憲三は、動く気配を見せない魔夜の足取りを追うため独自に追跡していた。
自身の肉体として使っているアストラルKの頭脳にインプットされたデータを元に、リンカーナイツの基地へ侵入を試みる。深い森の中、大樹にカモフラージュされた基地への昇降エレベーターを発見する。
「さて、ステルスモードをオンにしてと。これで見つかりやしませんね、ササッと入り込んで貰うもん貰ってトンズラさしてもらいましょ」
リンカーナイツのメンバーに見つからないよう、透明になった状態でエレベーターに乗り込む憲三。前世で下っ端をしていた頃、彼はよく上のヤクザに敵対している組への潜入任務を命じられていた。
ある時は組の要人へのカチコミ、ある時は重要な資料の簒奪。そうした修羅場を乗り越えて、憲三は潜入任務のエキスパートに成長したのだ。
(さて、まずはどこに向かいやすかね。フムン……頭脳データにゃいろいろありやすが……怪しそうな場所は四カ所。ま、とりあえず行ってみやしょ)
エレベーターが降りきった後、扉を開き外に出る。勢いをつけて飛び上がり、廊下の屋根にへばりつきながら憲三は頭脳に蓄積されたデータを呼び出す。
それらを参照した結果、魔夜の手がかりを得られそうな資料の保管室三カ所、別の基地との連絡用ベース一カ所が怪しいとアタリを付けた。
身体から魔力を吹き出させ、まるでヤモリのように天井に張り付いたまま移動を開始する憲三。しばらくして、トラブルもなくもっとも近い場所にある資料室にたどり着く。
(さて、入り込めやしたね。こういう時は自分のカンを信じる……よし、あの箱が怪しいでやすな)
保管されている資料は膨大、一つ一つ漁っていては時間がいくつあっても足りない。そこで、自分の第六感を頼りにいくつか資料を持ち逃げすることを決めた。
(これとこれと……ん? これは……よその基地との通信のログ?)
いくつか資料を確保していくなか、ふととあるファイルを見つけた。それは、通信記録を記しておくログのようだ。何か手掛かりになる。そんな直感を覚え、憲三はファイルを読む。
(なになに……フッ、やっぱりあっしのカンは冴えてるや。バッチリ載ってやしたね、あの女に関するログ……!?)
彼の直感は当たりだったようだ。記されていたのは、現在の魔夜の行動指針を部下に指示するレオンからの諸連絡。それを読んだ憲三は、レオンと魔夜の恐るべき企てを知り戦慄する。
(こいつはいけねぇ! 早いとこ坊ちゃんたちに知らせねえと、とんでもねえことに)
「オウ、そこにいる侵入者。姿を消してても分かるぞ、同じアストラルにはな。両手を挙げろ、そしてステルスモードを解除してこっちを向け。逆らうなら……分かるな?」
すぐに撤退し、どうにかしてユウたちに伝えなければ。そう考える憲三の背後から、殺意に満ちた声が響く。警告に従い、ゆっくり振り向くと……。
「その姿……同業さんですかい」
「その通り。俺はアストラルJ。お前が同胞のボディを奪った不届き者だな。ここで始末させてもらう、お前はドクター・ウノのプライドを傷付けた。その報いを受けろ」
そこには、漆黒の忍び装束を身に着けた筋骨隆々の忍者……の姿をしたアストラルが立っていた。顔の下半分を覆う頬当ての右側にはウロボロスのマーク、左側にはJの文字が刻まれている。
「ハッ、生憎……そういうわけにゃあいきませんでね。あっしの命は神さんと坊ちゃんのものでして、あんたさんにくれてやるもんじゃあねぇんでがすよ」
「知ったことではない。お前はここで破壊されるのだからな! 総員出撃! 侵入者を撃滅せよ!」
憲三が軽口を叩くと、アストラルJはそう叫び体内に格納されている警報システムを作動させる。基地のソレとリンクさせ、リンカーナイツの構成員たちを呼ぶ。
「こいつぁ面白ぇや。久しぶりに大暴れさしてもらいやしょ。こいつの首ィ手土産にすりゃ、坊ちゃんも喜んでくれそうだ」
そう呟き、憲三は笠の下に隠された顔を歪め笑う。ユウたちとは別の場所で、新たな戦いが始まろうとしていた。




