8、激闘! 死者の王
少し遡る。
カイデンらを逃した後、ニープは火矢をアンデッドキングへと放った。空を切り裂き火矢はアンデッドキングの身体に突き刺さる。雄たけびとも悲鳴とも思える声を上げながら、アンデットキングは、剣を振り回し、ニープへと襲い掛かる。しかし、ニープはその素早い身のこなしから、広間に転がる残骸の隙間を縫うように逃げると、合間合間に、火矢を射かけた。
「よそ見をするんじゃあ、ないよ」
そんなニープに注意を払っていたからだろう。
アンデッドキングは、自らの近くに鎧甲冑のガスが近寄ってきているのに気付くのが遅れた。
気付いたときにはもう遅い。
手甲をつけた拳が、アンデッドキングの腹にめり込む。その勢いは、アンデッドキングは数歩、よろめかせた。
「さらにもういっちょ」
ガスの猛攻、連打がアンデッドキングを攻め続ける。しかし、それは、決定的な一撃にはならず、猛攻を受けながらも、アンデッドキングはガスを振り払った。上段に剣を振りかぶるが、そこに、ニープの火矢が突き刺さり、攻撃が中断される。じわりじわりとした搦め手の攻め方である。
ガスの相手をすればニープの攻撃が。
ニープの相手をすればガスの攻撃が。
それぞれアンデッドキングに襲い掛かってきた。
もしも、アンデッドキングがどちらかに注力をすれば、すぐに決着をつける事が出来る。それだけの圧倒的な力が、アンデッドキングにある。それをニープもガスも理解していた。だからこそ、この数的有利を維持したままに戦えば勝てる。
というのをアンデッドキングも考えていた。
数的不利。
そういう状況に自らがあるということ。
魔族としての本能ではない、生物としての本能が感じていた。
火矢が突き刺さって、一際大きく、吠える。
それは悲鳴ではなく、戦の雄たけび。
「なんだ? 今の」
吠え声の違いにニープが気づき、足を止めた。
今までと違う、明確な何かをニープはその傭兵として戦ってきた経験から感じ取ったのだ。そして、それは真実である。
地面を突き破って、神殿のあらゆる所からぞろぞろとアンデッドが湧き現れてきたのである。何十体ものアンデッドがゆらゆらと体を揺らしながらも、列を組んで近寄ってくる。
数には数で対抗し分断する。
アンデッドキングは、それを思いついた戦略がそれだった。アンデッドキングはガスとの戦闘に注力し、ニープの相手をアンデッドの群れに行わせる。一体一体であれば弱いアンデッドであれども、その数としての暴力においては圧倒的だ。
「まずい」
攻勢が逆転した。
それをニープとガスは直感する。ニープはアンデッドの集団に追われ、逃げるように立ち振舞った。その間、ガスは一人でアンデッドキングを相手せざるを得なくなる。ニープの援護もなく、アンデッドキングを相手するのは骨の折れる事であり、いくら頑丈なガスであっても限度がある。また、アンデッドキングだけでなく、他のアンデッドもまた襲い掛かってくるのだ。
ジリ貧に追い詰められていく。
それが予想がついた。しかし、どうのしようもない。
故に生じたガスの隙、一呼吸を置いたガスの隙に、アンデッドキングの横凪ぎの一閃が入り込んだ。衝撃をもろにうけたガスは、吹き飛び、神殿の壁に激突する。壁を大きく損壊させたガスは身を起こそうとするが、そう簡単には出来ない。執拗なアンデッドキングの攻撃が、ガスに襲い掛かった。
重量級の剣を振り上げた勢いのまま振り下ろす。鎧に当たって跳ね返った勢いのままに振り上げて、また、振り下ろす。その勢いはだんだんと加速し滅茶苦茶に振り回すような攻撃へと変わっていった。力任せ勢い任せは強い。
「ガス!」
と、ニープは火矢をアンデッドキングに射かけようとした。しかし、その構えた足にアンデッドが噛み付く。
くっきりと歯型が残るほどに噛み付かれ、それを振り払うも、他のアンデッドから狙われていては、ガスの援護も満足にできない。ぐるりとアンデッドの集団に囲まれて、さらに足を負傷して満足に逃げ出すことも出来ない。
万事休すか。
そう思い始めたときだった。
「ニープさん!」
聞き覚えのある声が、ニープの耳に入ってきた。
そちらを見れば、炎の灯った松明を手に、もう一方の手には剣を手にしたカイデンがやってきていた。ニープをぐるりと取り囲むアンデッドを切り捨て、松明で殴り、片付けていく。見る見るうちに、アンデッドの数が減っていくのをみて、ニープもアンデッドから逃れようとする。
なんとか転げるようにアンデッドの囲いから抜け出した
「大丈夫ですか?」
「なんとかな」
互いに背中合わせにニープとガスは声をかけあう。ちらりと肩越しにカイデンはニープを見た。肩越しでもわかるほどに、ニープは疲弊しきっている。明確にカイデンは見ていないが、足を痛めていては満足に走る事も出来ないだろう。近寄ってきたアンデッドをカイデンは切り捨てながら、考えた。
「立てます? 走れます? 戦えます?」
「俺は良い。アンデッドキングをなんとかできないか」
「いいえ、僕ではあのアンデッドキングを始末できません」
襲い掛かるアンデッドを切り捨てながらカイデンは言った。
自分の実力をカイデンはよくわかっている。こうやって襲い掛かってくるアンデッドを、雑魚を斬り倒すことくらいはカイデンにもできる。しかし、自分の実力ではアンデットキングを倒すことが倒すことができるか、と自問したとき、それは難しいというのが理解できる。
もっと言うと、倒す術が自らにはない。
松明の炎しかないのだ。
それであの巨体なアンデッドキングを倒すことができるとはとても思えなかった。この松明の火が消えたらどうするか、終わりだ。どうのしようもない。油の入った壺は、もはや使い切っている。
だからこそ、ニープからの指示を断った。
ニープも、また、カイデンの考えを理解している。
火矢であればあの怪物を倒すことが出来る。出来るはずだ。攻め切れていたのだから。
「ですが、このアンデットたちを惹きつけます。その間に、ガスさんと二人で何とか始末してください」
「わかった」
ニープの同意を確認してから、カイデンは横凪ぎに、アンデットを薙ぎ払った。辛うじて出来た隙間をニープは転がるように通りぬけ、アンデットの囲いから逃げ出した。それを追っていこうとするアンデットをカイデンは叩き斬り、ニープへの追走を阻む。
ニープは、なんとか足を引きずりながら、アンデットの群れから逃れ、神殿から少し離れ、木を登っていく。
アンデットたちは木を上ることは出来そうにないのは、戦いの中でわかっていた。
連中の恐ろしさは、数、それだけだ。個々の能力は平均以下、恐れる事はない。
「使いたくはないんだけどもな」
ニープは一際大きい枝に腰掛けると、神殿を見ながら言った。
ガスはいまだに剣で叩かれ続けている。辛うじて、防御には間に合っているようで首や胸部と言った重要箇所への攻撃は防ぎきっているようだが、時間の問題であろう。他の部位に対する攻撃で体力が消耗していくのは予想できる。それだけでなく、アンデッドキングの身体中から生えた手足が、鎧をはぎ取ろうと苦心していた。
時間はない。
手に矢を持ち、ニープはいくつかの魔術を重ねかける。
「こだわりは要らない」
重ねかけた矢に火を着けて、弓を引き絞った。
神殿の中央奥、外壁付近で暴れるアンデッドキングに狙いをじっとつける。
はっと矢をとめていた指から力を抜くと、火矢は引き絞られた勢いからそのままに、中空を割いて、アンデッドキングへと飛んでいった。本来であればその距離は、弓矢で届く距離ではない。しかし、魔力由来の技術で性能を向上させられた矢は、十分な威力を持ったままに、意識の外、まさしくアンデッドキングが想定していない距離からの攻撃を与えることが出来た。。
それを避ける事は出来ない。
火矢はアンデッドキングの背中に命中した。激痛にアンデッドキングが悲鳴を上げる。
攻撃を止めて、振り向くも、どこから攻撃が来ているかわからない。
「おい、デカブツ」
その振り向いた瞬間が、アンデッドキングの間違いだった。
はっと、今まで自分が足止めしていたガスの声が聞こえ、そちらに目線を動かす。
ガスはすでに拘束から逃れるための準備を整えられていた。
「邪魔だぜ、この野郎!」
渾身の右の拳が、アンデッドキングの脇腹にめり込んだ。
その勢いは、アンデッドキングを横に吹き飛ばすだけの勢いがあった。
アンデッドキングは、吹き飛ばされたことで、次の拳の一撃がくる、と考えた。
防御しなくては、隙だらけ、だ。
顔を腕で覆い、重要な部位を守るため、に小さく屈む。
来ない。
違う。
防御の隙間から、ガスの方向へと目をやるとすでにガスは大急ぎで逃げ始めていた。
火矢が次から次へとアンデッドキングに突き刺さる。伸ばそうとした腕にもすでに火矢が何本も突き刺さっている。
そこから火が燃え広がろうと、アンデッドキングの身体へと移ろうとする。
火を消そうと小さな手足がバタつくが、そこに壺が一つ、落ちてきた。
それはガスが走り際に投げ去った油壷。
中の油が、漏れ、火が移った。