7、激突! 死者の軍勢!
廊下の隅に転がっていた死体が、起き上がり、二足歩行で歩いてきている。
枯れ枝のような足で歩き、骨が露出した頭をゆらゆらと揺らし、ぽっかりと開いた眼窩がこちらを向く。
死体が歩いている。
「なんだよ、あれ!」
「あれはアンデッドじゃ! スケルトン!」
冒険者が手にしていた棍棒で、歩き近寄ってきたスケルトンの頭を殴った。
鈍い音をたてて死体が床へと崩れ落ちる。が、また、ゆっくりと立ちあがろうとしていた。
二度、三度、と棍棒を打ち振るうが動き続けている。そうこうしているうちに、また、別の死体が廊下から部屋へと入ってきたので、ニープが部屋に転がっていた椅子で叩きのめした。しかし、起き上がろうとしてきている。
「魔族を倒すには通常の攻撃では倒せんのじゃ」
「魔族なんておとぎ話だろ!」
冒険者がそう言いながら、立ち上がったスケルトンの頭に再び、鋭い一撃を与えた。
「これはきりがないな。逃げるぞ」
ニープはそう言うと、思い切り、スケルトンを蹴り飛ばした。それで出来た隙に、部屋を皆で飛び出す。
神殿の廊下はすでに動く死体ばかりだった。幸いなのは、動きが散漫であるという事で、避けるのに苦労しない。カイデンもまた剣を振るって道を作る。
「魔族の相手なんて聞いてない」
冒険者が言った。
カイデンは、剣を握る手を震わせて、近寄ってきたアンデッドを切り捨てた。
そんな様子を見ながら、レヴィアスはなんとも情けないという感想を抱いていた。かつては人間を震え上がらせることが出来た魔族。それに対抗するように人は、自ら技術を磨いてきていた。魔力を磨き、魔術を磨き、祝福の技術を、神聖武具を生み出してきていた。しかし、それが下級アンデッドにすら手こずるほどにまで、弱体化してきていたのかという事実。そもそも、倒し方すら忘れてしまっているという事実が、何世紀も生きるレヴィアスからしてみれば、哀れでしかなかった。
「ニープ!」
神殿の広間に出た時、すでにそこは死体ばかりだった。死体は手に武器を持っていたり、完全に白骨化しているもの、もしくは、包帯まみれのものと多種にわたっている。その数は百体ほどだ。
その大部分を広間ではガスが相手していた。しかし、多勢に無勢という様子であり、押され気味である。辛うじて、ガスの鎧を突き破る攻撃手段を持つ死体がいないというだけだ。
「なんたることじゃ、スケルトンだけではない。アンデッド族の大集会、ゾンビ、キョンシー、グール、マミーと大勢おる」
老婆が愕然とした面持ちで呟いた。
喧騒を聞いてか、老婆の腕の中の赤ん坊が泣き出す。
「倒すにはどうすればいいんだ」
「聖なる物、祝福された武器で攻撃するか、もしくは、火をつけるんじゃよ。太陽の光でも倒せない方はないが」
「わかった!」
ニープは老婆の助言を受けて、自らの腰に下げていた油の入った壺の封を開けた。そこに弓矢を浸し、火をつけてつがえる。
「なら、火矢なら攻撃が通るよな!」
火矢が空を切り裂き、ガスの近くの死体に突き刺さった。
死体は瞬く間に燃え上る。パチパチと枯れ枝が燃えるような音が響き渡る。その日は隣の死体へと次から次へと移って行った。
「よし! みんな油だ! 武器を油で浸して燃やせ!」
他の冒険者もニープに言われるままに、武器を油に浸して火をつけた。流石に剣は油に浸しても燃えないので、松明を代わりに焚く。
あれよあれよと冒険者の一団によるアンデッドへの攻撃が始まった。はじめはおっかなびっくりの戦いであったが、燃えるのが効果的だと知ると、スケルトンを含めたアンデッドはのろまな的だ。特にガスの巨体、それによって、押しつぶされ、一か所に固められた所に、油と松明を投げ込まれて、巨大な火の塊になる。
徐々に円陣を組んだ冒険者たちによって、アンデッドは倒され始めていく。
「皆! 大丈夫だ!」
ニープによる励ましが飛んだその時だ。
突然の爆音とともに、神殿の入り口が吹き飛んだ。
神殿の入り口から、一際大きなアンデッドが大きな両刃の剣を杖代わりに突きながら現れてきている。頭には松明の明かりで輝く金の王冠が載っている。それは死体がいくつも集まって、人の形をしているだけだ。足を構成する人の四肢があちらこちらに枝葉のように広がっている。さらに、散らばっているアンデッドたちを、その腕で掴むと、吸収し始めた。
無数の死体で構成された巨人となっている。
「あれはなんだ?」
「あれこそはアンデッドを率いる死者の王、アンデッドキング! 魔族の中でも高位の存在じゃよ!」
「婆さん、解説ありがとうよ」
感謝の言葉を口にしながらニープは神殿の入り口から現れたアンデッドキングに目掛けて、矢を射かける。しかし、さすがは上級の存在だ。飛んでくる火矢を避けると、大きく立ち上がった。その背丈はかなり大きく、大柄なガスが見上げるほどであった。手にしている剣は、その図体に相応しく巨大で、人の背丈二人分はありそうだった。
間違いなく、死者の王の評価に相応しい。
大きな口を開けて、死者の王が吠えた。
言葉として、カイデンには理解できない。しかし、感情として理解できた。
敵意。
殺意。
攻撃的意思。
「もう、ダメだ」
冒険者の一人が口から漏らした。アンデッドキングという存在が現れた事で、明らかな暴力に心が負けているのだ。カイデンは見回すと、他の冒険者も同じような感じである。口々に悪い言葉を吐き出して、顔には負けの色が濃く浮かんでいる。
まずい。
そう思っていたのはカイデンだけではない。ニープも、ガスもそう思っていた。
特に、彼らはそういうのに敏感だった。
「ガス。いつもので相手するぞ」
「おいおい、ニープ。あんな化け物は初めての相手だ。いつものでいいのか?」
「ひとまずはな」
ガスは、短く、
「わかった」
と、だけ言うと、大きく一歩、また一歩とアンデッドキングへと近寄っていく。
深く息を吸い込んだガスは、大きく一歩踏み出す形で構える。
「戦技、硬質化」
アンデッドキングは、ガスがにじり近寄ってくるのを見て、それに向かって攻撃を始めた。大きく剣を振り上げて襲い掛かってくるも、それをガスは真正面から受け止める。その衝撃で、地面にガスはめり込んだが、ガスは気にする様子なく、受け止めた剣を跳ね除けて、アンデッドキングに殴りかかった。
硬質化。それは防御を上昇させる技術である。言ってしまえば、魔術の一種だ。
それを見て、ニープは、冒険者たちへと顔を向けた。その顔には真剣さが張り付いている。
「俺たちがここで奴をひきつける。お前たちは逃げて、この魔族の存在を知らしてくれ」
「でもニープさん」
「今回は褒美が貰えないかもしれない。俺が声をかけて、せっかく参加してくれたのに悪かった」
この通りだ、とニープは頭を下げる。
「しかし、今、ここで逃げて生き延びていれば、次の報酬の仕事が貰えるはずだ。だから、ここはお前たちに生き延びてほしい。この若き勇者殿も引き連れて行ってくれ」
「じゃあ、ニープさんはどうするんですか」
「あいつを出来る限り、何とかしてみる」
「僕も戦いますよ」
カイデンが剣の柄をしっかりと握りなおして言った。
「じゃあ、他の冒険者を守りながら撤退しろ」
「でも、アンデッドキングは」
「俺たちが何とかするさ」
そう言うと、ニープは矢をつがえた。
「行け!」
火矢が、アンデッドキングに向け放たれた。
その言葉を受け手、冒険者たちが一斉に走り出す。アンデッドキングの咆哮が聞こえても、カイデンは振り向くことはなかった。新人の冒険者たちが逃げる背中を追いながら、カイデンが夜闇を走った。
いかほどか走った頃である。
すでに、神殿から遠く離れており、野営地がすぐそばまで近寄ってきていた。もしかすると、逃げ出している冒険者の戦列の先端は、野営地に残してきた商人たちに事情を説明しているかもしれない。であれば、今頃、魔族というものの復活に恐れをなしているのかもしれない。
頭の上に伸びてきている枝を掴み、カイデンは足を止めた。
「勇者殿。魔族がそれほど珍しいのですか」
レヴィアスは、カイデンにそう問うた。
「魔族なんておとぎ話だと思っていた。魔物もそうだ。神話だって」
「なるほど。しかし、魔王軍というのは、魔族を使うのでしょうかね」
「そんなわけがない。野盗もそうだったし、今回の拠点にいたのも人だった。だから、魔王ビタンも人だよ」
レヴィアスはその言葉を聞きながら、かつて自らが猛威を振るっていた神代の世界を思い返していた。あの時代は良かった。エルフもオークもいて、魔族にまとめられるような者がいた。しかし、その殆どがもうこのような扱いをされてしまうようになったのだな、と。だが、人の魔王というのも興味が沸く。
だが、そうなると、何故、あの魔族が神殿にいたのか。
疑問も浮かぶ。
カイデンは、枝から手を離すことなく、ちらりと今で逃げて来た道を振り返った。
夜闇の中で目立つ松明がちらつく、神殿が見える。
「勇者殿、何を考えているのかね」
「レヴィアス。戻ろうと思っているんだ。僕は」
「あの魔族の巣窟にかい」
カイデンが、掴んでいた枝から手を離した。
「勇者が魔族から逃げ出した、なんて笑われてしまうよ。それに、みんな、もう無事だろうからね」
野営地の方を一瞥してから、カイデンは走ってきた道を引き返した。先ほど歩いた道をもう一度戻るのは難しくはない。しかも、今回は隠れて進む必要もないので、足早に駆け足で戻った。そう時間はかからずに、神殿へと戻ることが出来た。
神殿の広間では、先ほどと状況が少し異なってきていた。