6、潜入! 魔王軍の拠点!
魔王軍の拠点とされた神殿に、ニープ率いる冒険者の一団が密かに向かうのを、夜の空に瞬く星が照らす。
松明などの灯りを手にすることはできない。夜目が効き、地理に詳しいガスが先導し、その後ろすぐを一列になって歩いて向かう。最後尾を歩くのはニープである。ただでさえ鎧甲冑で目立つガスではあり、心配されたものではあるが、防御という点においては、ガスを最前列にした方がいいという事だった。また、ガスは自ら鎧兜を泥で汚しているので、灯りで光ることはない。
そんなガスの後ろをカイデンは歩いていた。
が、拠点が近付くにつれて違和感を覚え始めた。
静かすぎるのだ。
遠目から見ていた時も感じていたが、人が生活する気配がない。それどころか、呼吸すら冒険者の一団のものしか聞こえてこない気がする。
「おかしい」
神殿につき、広間に入った時、ガスはそんな言葉を漏らした。
カイデンもその感想と同じものを抱く。
神殿の中はもぬけの殻だった。少なくとも正面玄関ともいうべき広場はもぬけの殻であった。いや確かに人がいた形跡はある。煮炊きをしていた痕跡があり、糞便を処理する箇所がきちんと設けられており、寝具もきちんとあった。が、それを使うべき人、使っていた人がいない。
「もしかして、すでに出発した?」
「いや、それはない。武器が転がっている。それを放っていくことはないだろう」
ガスと冒険者たちがそう口々に相談し始めた。
何かがおかしい。
それだけはわかっているというのに、何が起きているのかを認識できないでいる。
「ともかく、奥も見てみよう」
小さなランプに灯りをともしながら冒険者の一人がそう言い始めた。おそらく、魔王軍の兵士でいっぱいだと思っていた拠点が、もぬけの殻で安心したのだろう。激戦にはならないという安心感が、一団には生まれ始めていた。もちろん、それは大きな間違いであるというのも、頭のどこかにはある。が、目の前の現実が、安心を生んでいた。
ニープも、つがえていた矢を弓から外して、探索することとした。
神殿の奥へと進む。
が、レヴィアスは嫌な気配を常に感じていた。懐かしい気配としてあるのは、自らの魔力であろう。しかし、それとは異質な、似た魔力であるが、自らとは違う、とがったものを感じる。それが意味することとして、何かがいる事は間違いなかった。
「カイデン。気をつけろ」
レヴィアスはそう助言をするだけしかできない。
原因を突き止める術がないのだから。
神殿の奥へと進む。薄暗い不気味な気配がじっとりと周りに満ちている。が、すぐに一団は後悔し始めた。神殿の中は死体で一杯だったからだ。石造りの神殿の廊下の端を死体が並んでいる。その殆どはまるで何日も経過したかのように乾ききっている。
「な、なんだよこれ」
「ニープさん。これって」
ニープは死体の一つに近寄ると、その服を検めた。
すぐに、その手を止めて、全員に警戒を求める。
「間違いない。俺とガスと一緒にいた他の連中だ。魔王軍の連中だ」
「じゃあ、なんでこんな死んでるんだ? おかしくないか?」
「他の冒険者が殺した? でも、それなら、そのまま放置っていうのも変だよな」
ニープと他の冒険者たちが口々に疑問を言った。
不安。
楽観的な安心感が死体を見たことにより、消え失せ、その代わりに心に不安が湧きあがっていた。 その不安は、憶測を呼び、憶測が悪い想像を生み、さらに、不安を増幅させる。悪循環が、冒険者たちに広がり始めていた。
「静かに」
そんな彼らにカイデンが言った。
カイデンが言ったというのもあるが、混乱を納めるだけの十分な効力が、その一言にはあった。
言われるままに静まり返った一団であるが、何も聞こえない。
が、カイデンは廊下の奥へとじっと目を凝らした。
「聞こえる」
「何が聞こえるんで? 勇者殿」
「耳を澄まして」
カイデンに言われるままに、ニープが耳を澄ました。つられて、皆、耳を澄ます。
鳴き声が聞こえた。シクシクというようなすすり泣き。
誰かがいる。
冒険者たちに緊張が走った。しかし、確かめる他ない。
他の冒険者を置いて、ニープを先導に三人ほどで進む。カイデンが一番後ろを歩いた。
いくつかの部屋を検める。と、一つの部屋の扉が開いており、その奥からすすり泣きが聞こえてくるのがわかった。
「誰だ」
ニープが部屋に入りながら、声をかける。
小さな悲鳴があがり、何か黒い影が動く。そちらへと灯りを向けた。
薄汚れた衣をまとった老婆が部屋の隅で震えていた。老婆は何かを腕に抱きかかえ、部屋の隅に蹲ると、ニープとカイデンたちの立つ部屋の入り口を怯えた表情で見ている。
「ここで何をしている」
「た、助けてくれ」
「何があったんだ」
老婆はニープたちの方へとにじり寄りながら、助けを求める声を出してきた。
事情をよく聞こうと、ニープも近寄る。
「わ、わしはこの近くに住むただの村人でな。ここを時折、掃除しておったんじゃ。だが、人が大勢やってきて、それで掃除を頼まれていたんじゃが。今日、きたら、この有様で、皆、死んでおったんじゃよ」
「なるほど」
「だが、恐ろしいのはそれだけじゃあない。動くんじゃよ」
「動く? 何が?」
「死体が動くんじゃ。それで、ここまで隠れて逃げてきたというわけじゃよ。頼む、わしと、孫を連れて行ってくれんかの」
見れば、老婆が抱えていたのは赤子である。布でくるまれた赤ん坊は、土で頬が汚れているものの血色がいい。
「死体が動く? そんなわけがあるか。おとぎ話だ、子供だましだよ」
「子供を叱るとき、魔族だのなんだのっていうのを聞いたな」
冒険者たちは各々の感想を口にしていた。
「カイデンくんはどう思う」
ニープは、老婆のいう事が半信半疑という様子であり、カイデンへと視線を向けた。
「わかりません。ただ、ここは嫌な感じがします。レヴィアスもそう言っています」
「うむ。ニープさん。勇者にも言ったが、ここは奇妙」
老婆は喋る剣を見て、驚愕の表情を見せていたが、気にせずにレヴィアスは言葉を続ける。
「ひとまず、当初の目標である拠点の制圧はできそうだ。戦わずとも勝利した、ということでここは喜ぶべきだ」
「確かに、お喋り剣のいう通りかもしれんな。わかった、では」
その時である。
野太い男の悲鳴が廊下から聞えて来た。間違いない、他の冒険者の声だ。
「ひぃっ、動き出したんじゃ!」
老婆がニープの腕へと縋りつく。振り払うこともできたが、ニープはそうはしない。
何が起きているのか。
考えるよりも先に、廊下から答えがやってきた。
細い枯れ枝のような指が、扉を押し開けてきたのだ。
赤ん坊が泣き始める。
「死なぬモノ、アンデッドが動き出したんじゃ!」
老婆がそう叫ぶ中、扉を押し開けて、廊下にあった死体がその細い体で、部屋へと入り込んできた。