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5、勇者様、迷っちゃう!

 魔王軍の拠点とされているのは、かつては、神殿として使われていた建物だ。

 もともとは何かしらの儀式で用いられていたのだろうが、荘厳で威厳のある佇まいはなく、打ち捨てられ朽ちかけていた。魔王軍の拠点となった神殿は、人気を感じさせない。野党の砦では人の気配があり、悲鳴や笑い声が聞こえていたというのに、この拠点はそういう音、生活音が一切しなかった。

 その神殿を見た時、レヴィアスは胸に抱いていた不安の靄が晴れ、確信を得ていた。神殿から感じる気配は、自らの魔力のそれと同種であった。つまり、この神殿のどこかに自身の力が封じられている。

 なんとか、それを解放させなければならない。

 しかも、それとなく、だ。

 神殿から少し離れたところに野営しながら様子を伺う一団で、レヴィアスはカイデンにそっと語りかけた。カイデンは配られた干し肉をガシガシと噛みながら、一人、じっと神殿を見張っていた。


「カイデン、ここの神殿には私の力が封じられています」

「なんでわかるのさ」

「私と同種の力だからです」


 勇者の剣の精霊にそう言われたら、カイデンも信じるしか無い。レヴィアスも嘘はついていない。あくまで自分と同じ力があるとしか言ってないのだ。

 

「どこにあるかわかる?」

「それは遠くて分かりません。近くに行けばわかるとは思うのですが」

「なら、襲撃して制圧の後かな」

「それが良いでしょう。しかし、場合によれば襲撃の最中とも考えておいた方が良い」

「かもしれないね」


 楽観的になれない。カイデンの口振りからはそんな印象を受けた。気持ちはレヴィアスとしても同じだ。当初の予定と異なってきている。大勢による拠点の制圧ではなく、少数による拠点の制圧。さらに言えば、少数精鋭というわけでも無い。

 戦い方がだいぶと異なる。

 被害が出てしまう。

 そういう考えがカイデンの頭の中にずっとあった。

 それが手に取るようにレヴィアスにもわかるから何とももどかしい。別にレヴィアスとしては、冒険者やその取り巻きの商人が何人か死のうがどうでもいい。しかし、それらが死ぬことでカイデンが気にするし、それらを守る事にカイデンの意識が割かれるのが問題だ。


「勇者殿」


 いつの間にかミラが近くにやってきていた。手には、奇妙な形をした木の実を持っている。いや、野菜か。ともかく奇妙な品だ。へたのあたりに木で栓をしているので、水袋か何かだとは見当がついた。


「じきに襲撃をするそうですよ、夜襲とのことで」

「夜襲かぁ」


 カイデンは腕組みして言った。


「不服ですか?」

「なんか、勇者っぽく無い」

「なんですか、勇者っぽいって」


 ミラの問いかけにカイデンは、ううんと唸る。


「こう、なんていうか、こう、卑怯じゃないですか?」

「卑怯?」

「正々堂々と敵を打ち倒すというか、そういう正当性が必要だと僕は思うんですよ」


 カイデンの性質は、どこまで行っても正統をいく性質だ。つまり、太陽に照らされた栄光の道を歩こうとする性質。

 少なくともこそこそと生きるよりは、大手を振って人様の前を歩きたい。肩で風を切って歩きたい。

 後ろ指をさされたくないから、正し事をしたい。

 そういう性格だ。

 

 くだらない拘り。

 と、レヴィアスは一蹴してしまいたくなるが、その拘りこそがカイデンの良さでもあり、否定しきることはしない。

 が、ミラはそうではなかった。


「くだらないですなぁ」

「くだらない?」

「えぇ、勇者殿。それはくだらない考えです。いいですか。これはですね。戦争、戦です。表裏比興も戦の理です」


 ミラは、果実のヘタについていた栓を抜くと、それに口をつける。

 ごくりごくり、と喉を鳴らして中身を飲んでいく。やはり、水袋であった。

 物珍しそうに見ていたのに気付いたのか、ミラは、ずいとそれを差し出す。


「これは瓢箪と言います。遠方で手に入れた逸品でしてね」

「行商人というのは珍しい物を手に入れるんですね」

「その通り、遠方からはるばる、遠方へ。彼方から彼方へと歩き、売り、買い。見聞きする。戦もよぉく見てまいりました。戦いにおいては裏をかく、奇策を用いる、それは仕方のない事です。どこかで聞くところによりますと、一夜のうちに城を作るとかもあったとか」

「しかし」

「ですから、勇者殿。あなたはこれを最後にした方がいい。表の道を歩きたければ戦には参加せず、勇気を胸に日の下を歩きなされ。戦と勇気は相いれませんぞ」

「でも、それでは」

「だから、これを最後にした方がいい。

 

 ミラはそう言うと、瓢箪をぐいとカイデンへと向ける。

 流石に二度も受け取らないという事は意思表示できず、カイデンは受け取り、口をつけた。

 苦い液体が口の中に入り込み、むせこむ。


「な、なんですかこれ」

「気付の薬。ま、ミラお姉さんからのアドバイスでしたとさ。ささ、ニープさんの所へと戻りましょう」


 ミラはそう言うと夜襲の準備をする一団へと戻っていった。

 瓢箪を手に残されたカイデンはただ茫然とミラを見送っていたが、再び、瓢箪に口をつける。

 苦くとも薬とあれば飲み下せる。

 

「どうした方がいいかな」


 レヴィアスにカイデンは疑問をぶつけた。

 自分がどう進むべきか迷っているというのがありありと伝わる声色である。

 ここで下手な事をレヴィアスは言えなかった。気を損ねて夜襲に参加しないと言い出されたら困る。いや、カイデンの性格を考慮するとここまで協力した以上、最後の最後まで付き合うというのは想像に難くないのだが、それでも焚きつけたほうがいいとは思った。


「どちらが向いているか、この協力で見極めればいい。自分が向いていると感じたなら、それでいいし、逆なら次はしない」

「とりあえず、やってみるって事?」

「そうだ。ひとまず、触ってみないとわからん。やらずに判断するのはよくない」


 レヴィアスは言っていて、頭が痛くなった。

 本懐を果たす為とはいえ、何故、自分が勇者を応援しなければならないのか。

 レヴィアスの言葉を受けたカイデンは、しばらく、迷っていたが、ひとまずは言うように参加してみる事に決めた。

 野営の一団へと戻ると、緊張で張りつめた冒険者ばかりであった。そんな彼らにニープは軽口で緊張を解いたり、和ませたりとして苦心している様子であったが、あまり効果は薄そうである。が、カイデンが現れると、それに目ざとく近寄ってきた。


「若き勇者殿、どうも、元気かい」

「ニープさん、勇者はやめてくださいよ」

「へへ、悪いな。でもよ」


 カイデンの耳元へと口を近づける。


「こうでもしないと、みんなガチガチなんだわ」

「でもあまりこう、持ち上げられるのは」

「慣れとけって、勇者殿。だって、魔王を倒したら、英雄で間違いなくお祭りなんだからさ。そうだな。その時は俺らも勇者パーティの一員ってわけだ。そうだ!」


 カイデンの手を上に掲げながら、ニープは冒険者たちの耳目を集めた。


「俺たちは英雄のパーティーになれる、そして、国からの褒美が貰えるぞ!」


 ニープの楽観的な考え。

 ではあったが、今、ここではそういうのが必要だった。

 冒険者たちは皆、笑みを浮かべる。


「大丈夫。大丈夫だ」


 ニープは、カイデンの肩を叩き、また、別の冒険者に声をかけに行った。


「すまない。相棒が迷惑を」


 入れ替わりにやってきたのは、ガスだった。ずっと鎧甲冑のままで、動いていて、今まで一度も素顔も何も見せない。だからか、常にくぐもった声色で会話をしていた。会話とは言っても、一言二言の短い事であったが、さすがに今、そういうわけにはいかない。


「大丈夫ですよ」

「あれでも結構、緊張しているんだ。あいつは、緊張するとおしゃべりが止まらなくなる奴でな」

「そういうガスさんもでは?」

「そうだ。似た者同士というわけだ。だから、迷惑をかけたとわかる」


 深く長い息を吐き出すと、ガスはニープに手を振った。


「皆、集まってくれ!」


 ニープが呼びかけ、冒険者たちが重い腰を起こしたり、談笑をやめたりと集まってくる。

 夜襲が始まる。

 カイデンは唾を飲み込んだ。

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