3、王都を目指そう!
魔王ビタンを倒す為の情報を集めるために、カイデンは国王のいる王都へと向かった。
オークハート村の人々は、野盗の根城をそのままにするという事はなく、その根城の材料をあらかた使い尽くして、もともと住んでいた村の辺りへと戻ることにした。その根城の素材を、そのままに村の復興へと充てるらしい。その方が一から、木を伐り出してとするよりは十分にマシだ。そして、彼らが自ら不幸な歴史を塗り替える事もできる。
カイデンはそんな彼らに見送られて王都へと向かった。
「兄さん、連れてってよ」
出発になると、ユウカは言ったが、カイデンはそれを強く言って拒んだ。
自らと一緒に来ることで、危険な事が十分に予測できたからだ。さらに言うと、望まないとは言え子供を二人抱えてユウカが旅に同行する事というのは難しいように思えた。
「母さんもいなくなってどうしたらいいの」
と、不安がる妹に対して、カイデンは何も言うことは出来なかった。
いまだに心に罪悪感が残っているらしく、レヴィアスは呆れたが、アドバイスはしておく必要があった。
「勇者の子、ユウカよ。あなたはここでカイデンの帰りを待ちなさい」
「でも」
「勇者は必ず家に帰るのです。その時、帰る場所がなければいけません。ユウカ。あなたの役目はそれです。オークハート村を守るのが、あなたの役割です」
勇者の剣の精霊にそう言われては、ユウカも言い返すに言い返せず、オークハート村の住民もカイデンが帰ってくる場所が必要という事もあり、必ずオークハート村を復興させて待とう、という強い説得をうけ、しぶしぶと承諾した。
最も、レヴィアスからしてみれば、それが全て本心という訳ではない。ユウカが旅に同行することで、何かしらの不利益を被る可能性がある。例えば人質にとられるとかなった時、カイデンが戦闘を放棄するのも十分に考えられた。そういう邪魔を排除しておきたい。
最も、そういう邪魔が入った時、レヴィアスが自ら排除しても良かった。しかし、あの母親と違い、妹を殺したときに、レヴィアスをカイデンが信用し続けてくれるかはわからない。
かくして、カイデンはユウカを故郷のオークハート村に託して、王都を目指し旅に出たのだった。
「なるほどですねぇ。カイデン殿はすごく勇敢な方という訳ですか」
カイデンの隣を歩く女がそう言った。
カイデンよりもいくつかは年上の女である。長く伸ばした髪を頭に被ったツバの広い帽子に納めている。いくつもの包みが載せられた背負子を背負っており、鈴がつけられているために歩くたびに、ちりんちりん、と音が鳴った。すらりとした細い体躯は、とても背負子と共に旅するようには思えない。
「ミラさん、カイデン殿はやめてください」
「いいじゃないですか。では、勇者殿と呼ばせてもらいましょうか」
「参ったな」
カイデンは困ったように頭に手をやった。
ミラ・ハーツウィンドと出会ったのは失敗だったのかもと後悔していた。街道で馬車が立ち往生しており、それをどうにかレヴィアスとカイデンが対処したのであるが、その場面を見ていたミラは、王都まで行くなら同行したいと申し出てきた。
一人で街道を歩くというのも嫌気がさしていたカイデンは、それを快諾したのであるが、このミラという女は非常によくしゃべり、かつ、自らを低くし相手をたてる話し方をするので、カイデンは苦手になってきていた。しかし、レヴィアスとしては助かる事が多かった。レヴィアスからしてみれば、知らない事の方が多いのだから教えてくれるのが多いと助かる。
「勇者殿は王都は初めてですか?」
「実を言うと、そうですね。初めてです」
「なるほど、では、このミラお姉さんが説明いたしましょう」
自信満々という様子で、ミラは話を始めた。
王都ジューデングは現状、随一の領土と規模を誇る王国だそうだ。穏健な国王と、穏健な領民による平和な王国は商売の場所としても非常によく、それが発展していくのは自然の道理であるように感じられた。が、魔王ビタンによって、その経済状態は弱りつつある。
が、国王の第56代ジューデング王は、魔王討伐の勅命を出すとともに、冒険者制度というのを発布した。
それにより、経歴や身分などを無視した冒険者という職による経済状況を好転させようと考えたらしい。この制度は今の所、成功しているそうだ。各国から、冒険者になりたいという人々が集まり、それを食わせるための食糧や、備品などが売買され、経済的には好転している。
「かくいう、わたくし、ミラもそんな商人の一人なのですよ」
「行商人らしいとは思っていたが、なるほどな」
「商売あるところ商人あり、金のある所に商人ありです。どうです? 私と一緒に一儲けしませんか?」
「考えておこう」
カイデンは道中、ずっとそんな感じで対応し続けた。そうこうしているうちに、長い道の果て、王都ジューデングに辿り着き、ミラとはそこで別れる事とした。ミラは市場へと向かい、カイデンは魔王討伐の情報収集の為に、冒険者募集というチラシに書かれている募集所へと向かう。
レヴィアスは、王都ジューデングの規模にほとほと感心していた。なるほど、平和な時代が続くとこうも反映するのかという感慨にひたっていた。しかし、それでいても、魔王軍の侵攻によって不穏な気配というのは街のいたるところにあった。どれだけ栄華を誇っていても、不穏な影からは逃れられないのだ。
「冒険者になるのか?」
「情報が貰えるならありかもしれない。少なくとも、身分保障されるのが一番いい」
カイデンはそう言うと、募集所とされている建物に入った。受付に言われるままにあれよあれよと、冒険者として認定される手続きが済んでしまい、それほどの時間がかからずに、冒険者として認められた。認定されているという証として、ジューデング家の紋章が書かれた指輪をもらう。
どことなく嫌な気分のカイデンは、その指輪に糸を通して首から下げる事とした。
「それで、魔王を倒すにはどこにいけば」
「それはちょっとわからないですね」
受付に聞いてみるもそういう冴えない返事が返ってきた。
あまり役に立ちそうにない。
「おいおい。坊主、魔王を倒したいのか?」
募集所を出たカイデンを呼び止めたのは、狐のような顔をした中年の小男である。
足を止めて振り返ろうとしたカイデンと強引に肩を組む。さらに前からは大きな鎧甲冑がガシャンガシャンと音を立てながら近寄ってきた。囲まれた、と一時、身構えるカイデンであったが、人気が多い中で、襲撃という訳もなく、すぐに警戒を解き、観察した。
組まれた手を見たカイデンは、そこに自らが首から下げている指輪と同じ文様が、つまり、ジューデング王家の冒険者認定の指輪があることを見つけた。
「俺はニープってんだ。一緒に冒険者として大成しようぜ!」
ニープと名乗ったその男は、にこっと白い大きな前歯を見せ笑った。