魔法使いの戦い
轟音と爆音の区別をつけるならば、熱があるかどうかだろうな、とリウス・アウレリウスは考えながら爆裂魔法を眼下にいる少女、ルビーへと放った。もちろん、そういう些細な違いなどどうでもいいというのがリウスの印象である。
重要なのは、ルビーをぶち殺せるかどうかだ。
手強い小娘。
リウス・アウレリウスの印象はそう固定されていた。今まで、部下や、自らが指導している学生たちがルビーという娘に敗北を喫しているというのは耳に入っていた。しかし、それは自らの部下や学生たちが不意打ちをうけたのだとばかり思っていた。
が、しかし、それは誤った評価であるとここにおいて襟を正した。
リウス・アウレリウスと同じく、魔族を体に宿した部下は、自らに劣るとも同程度の魔術を使えるようになっていた。が、それを悉くを叩き潰し、ルビーは撃退するだけの力を持っていた。ここにおいて、今までの部下や学生の敗北が、実力による敗北であると理解した。
学生の一人が、ルビーに地面にたたき落とされたのを見て、リウス・アウレリウスは魔術を唱えた。
毒の霧を固め、それを眼下のルビーへと打ち込む。
ルビーに直撃する寸前に、固定を解き、ふわっとルビーのいたあたりを包む。
「街の被害とか気にしないんですかぁ?」
突如として、目前へと現れた少女ルビーが言った。瞬間移動の魔法を使うのはよく存じている。
だが、安い挑発である。
「そんなものは、いくらでも直す」
「町の指導者らしい御立派な言葉ですね。その程度で偉そうにしてるの、滑稽だよ?」
かっと、頭に血が上り、爆裂魔法が暴発した。目の前のルビーを内部から爆発するつもりが、その向こう側、民家を内側から爆裂させたのだ。強烈な爆音とともに、熱がリウス・アウレリウスの顔を襲った。鼻の中が焦げ臭い。
落ち着け。
アウレリウスは、自らに言い聞かせ、状況を理解しようとする。
額につけた魔族は、魔力増幅能力を持っている。その魔力の増幅能力は聞くところによると数倍ではない。数千倍とも言われた。それは、この魔術都市ノーヴィアで最も優れている自分を、より、高位、高み
へと連れて行ってくれる。
今の今まで、辛酸と屈辱を与えてきた他派を壊滅させるに十分な力を与えてくれる。
自分は勝てる強い勝てる強い勝てる強い。
「くたばれ、クソガキ」
光弾を可能な限り、出現させ、地面に足をつくルビーへと叩き込む。
勝てる。
魔力もエネルギー、質量だ。この無限とも思える質量を受けて無事で済むはずもない。
土煙がもうもうと立ち上り、民家があった痕跡は残っていない。
リウス・アウレリウスは魔力を探った。ルビーが生きていれば、土煙の向こう側から反撃をしてくると想定したからだ。
が、土煙の向こうに魔力はない。
魔力を消したのか。
「小癪な」
と、爆裂魔法を土煙の中で炸裂させた。
空気が押しのけられ、煙が晴れる。
残骸しか残っていない。
「うーん、悪くない発想だけどさ。おじさん」
リウス・アウレリウスは、はっと後ろを振り向いた。
ルビーが明後日の方向を見ながら、ふわりと自らよりも高い位置に浮いていた。
爪をいじりながら、ふっとゴミを吹き飛ばす。
余裕綽々という様子がルビーから感じ取れ、焦りが初めてリウス・アウレリウスに生まれた。
魔力がコントロールできない。
防衛を解き、攻撃へと魔力を集中させ始めた。
「町の再開発なら、そういう魔力で壊すのやめた方がよくない?」
「なぜ…当たらん?」
「だいたい、認識できる範囲で魔力を行使する時点で、負けだよ」
ルビーがふいっと指を構え、ぱちりと弾き、鳴らした。
「三つ動作があるのに、わざわざ、三つ目がくるまで待つ必要なくない?」
「意味がわからん」
「見てから回避余裕なんて言いたくはないんだけども、わざわざ、待つのダサいって話」
リウス・アウレリウスの身体にずん、と衝撃が走った。
ごぼり、と口から血の塊が飛び出す。
視線を落とすと、胸に大きな木片が刺さっている。
「瞬間移動の応用。なんで、私が指を鳴らすのを待ってたの?」
呼吸が、痛みが、リウス・アウレリウスの魔力を維持させるのを困難にした。
だが、必死にこらえ、右手をかかげ、また氷の塊を生み出し投げつける。
が、その氷の塊がリウス・アウレリウスの下半身に出現した。
それは、同じ轍である。
重量をそのまま、中空からリウス・アウレリウスは地面へと引きずり降ろされる。
「リウス・アウレリウスさん、さ。勉強がお得意、格式は高い、すごい一杯魔法を使ってきたから怖かったけどさ」
うつ伏せに地面に倒れたリウス・アウレリウスの目前にルビーは現れる。
「おしゃべりしたいなら戦いの外でやってよ」
「正面から戦う礼儀もない、クソガキが」
「殺しに礼儀もないでしょ、新入り魔族のおじさん」
リウス・アウレリウスの身体から力が抜けていく。
「ならば、何故、最初からこうしなかった。できたはずだろ」
「おじさん、マジで人を相手に、これしたことないの? 人体に異物を瞬間転移させる時、その人体の固有魔術が邪魔になるのよ。跳ね返される感じ。だから、疲れてもらう必要があったわけ。精神的にでもね」
「そんな発想は、ない」
いや、発想はおそらくあった。しかし、それをする事を自らが許さなかった。教育者としての立場として、それをすれば、人としての道を外れ、正道を歩めなくなる。魔術師としての道をたがえると感じていた。
魔術の頂へ進めぬ、と。
ルビーは、屈んでリウス・アウレリウスの顔をよく見た。
「私さ。できそうならしてみたくなるのよ。やるべきだったかどうか、は後で考えるの」
「倫理観も道徳もないクズ女」
「最後の言葉にしては、高潔じゃない。それ、伝えておくわ。倫理と道徳を重んじ誇りをもって死んだって」
リウス・アウレリウスの怨嗟の声を聞き届け、ルビーはにこりと笑みを浮かべて立ち去ろうと歩き始めた。
その背中を見ながら、今までの人生が走馬灯のようにリウス・アウレリウスの目前に浮かんでは消えていく。
死にたくない。
魔力の頂、魔術の頂を、先頭を走る者として、このまま、屈辱に、小娘に、しかも誇りもないクズ娘に倒されて死にたくない。
一矢報いたい。
すでに、自らの配下の魔術師は倒されている。ならば、自らでしか。
「くたばれ」
意趣返しとばかりに、指を構え、パチンと鳴らそうとした。
ルビーの頭に肥溜をぶちこんでやりたい、が、今あるのは木材だけだ。
が、木片一つでも頭に入れられればいい。
「くたばれ」
指が弾けた。
瞬間、額の魔族が大きく目を見開いた。




