20.アキエレ2
家屋の壁を力いっぱい突き破りながら、アキエレはカイデンを追った。
身体のあちこちに小さな破片がついているが、気にする暇は、余裕はない。それよりも、アキエレの頭の中にあったのは、自らの主、魔王ビタンを侮蔑した自称勇者を名乗る精神異常者の抹殺だった。首根っこを引っ掴み、地面にたたき伏せるだけで最初は許そうという気分であったが、今は、地面でその姿形がなくなるまですりおろしたいという気持ちになってきている。
ひょいとカイデンが姿を消した家屋へと、壁を突き破って入る。住民が恐ろし気な顔で、部屋の隅で縮こまっているのを見て、アキエレは子供の頃を思い出した。あんな風に縮こまって嵐が過ぎ去るのを待ったものだ。
「どこ行った」
アキエレの言葉に、住民は窓を指さした。すると、確かに走っていくカイデンの姿が窓越しに見える。
「待ちやがれ!」
そう叫びながらアキエレは走って追った。そのような事をずっとしているが、カイデンは反撃をしてくる様子は見せない。ずっと、逃げ続けている。まるで、アキエレの体力が疲弊するのを待っているかのようで、少しばかりの不安がアキエレの胸中に芽生える。
しかし、その不安をアキエレは踏みつぶすように足を出して追う。
アキエレは、自らの体力に自信を持っていた。巨体であるが故に、体力には自信があった。
だから、カイデンを追う事ができた。
道の真ん中、カイデンがアキエレへと樽を投げつける。
アキエレはそれを大鉈で薙ぎ払った。樽の中に入っていた酒か何かを、頭から浴びた。
ふっと匂いが記憶を呼び起こす。
かつての自らが置かれていた生活を、荒んだ日々を、酒に酔いつぶれた父親と、それを世話する母親が弱っていく姿。そして、自らがどう求められていたのかを。あの家の住人のように、家の片隅で震えるように縮こまり、嵐が立ち去るのを待っていた日々を。
そして、そこから救ってくれた魔王の姿を。
負けられぬ。
顔にへばりついた酒を手で拭い、空中にあった木片を素早く掴むと、投げつけた。
まさかの攻撃に、カイデンは呆気にとられ、回避が遅れる。
ずぶり、とカイデンの太ももに木片が突き刺さった。
アキエレが聞きたかった悲鳴が、カイデンの口から溢れ出る。
口からは悲鳴を、太ももから血を出しながらカイデンは再び逃げ始めたが、その勢いは、先ほどの比ではない。おそらく、樽を投げてきたのは時間稼ぎ、カイデン自身が呼吸であったり、体力であったりを整えるための物だったのだろう。
アキエレはゆっくりとカイデンを追い始めた。
さっきより比べて追跡は楽だった。明らかにカイデンの動きは鈍く、さらに、血痕を追うので十分に余裕があった。
街中をゆっくりと追って、角を曲がり、路地を曲がり、どんどん進んでいく。
ふと、角、路地から大通りに出る角に、足が見えた。
それは一目見てもわかる。血にまみれた足で、今の今まで追っていたカイデンの足であることは明らかだった。つまり、壁のすぐそこ向こうに、カイデンが隠れているという証左だ。隠れて奇襲をかけるつもりだったのだろう。
アキエレは運が向いてきていると感じた。
奇襲を未然に防ぎ、そして、こちらが奇襲の機会を得た。
大鉈を今までで一番強く握りしめて、アキエレはぶんと振った。
それは、カイデンが隠れている家の壁ごと、消し飛ばすという気合の入った一撃。
壁は脆い枯れ木、暖炉の中の灰の塊をちょいと指先で押したかのように容易く崩れていく。
そして、大鉈の刃が、カイデンへと届いた。
はずだった。
壁の向こうには誰もいなかった。
カイデンの姿もなく、人の姿も何もない。
ただ、壁のすぐそこには、カイデンの膝から下がちょこんと置かれていたのだ。
「なんだこれは」
アキエレは呟きながら考える。
膝から下の足が転がっている。どうして斬られているのか。誰が斬ったのか。アキエレでは、自分ではない。まさか、他の誰かが、例えば、この街の他の魔術師、いいや、あれらはもう一方を相手しているはずだ。ならば、誰が、いいや、何のために。
――ぽと――
上から何かが落ちてきた。
アキエレはそれが目の前を一筋、落ちていく、一滴の雨粒のように見えた。
しかし、アキエレの目にはそれが赤い、血の一滴であると見分ける事ができた。
ばっと上をアキエレは見上げた。
「とった」
カイデンが頭上にいた。
アキエレの脳裏に恐ろしい考えが浮かんだ。カイデンは自らの足を切り落とし、その足を自らの身代わりとして置いていたのだろう。そして、アキエレが攻撃を与えて呆気にとられたその隙において、カイデンは攻めた。
逃げていたのではない。
重力に任せてカイデンは落下し、片足のままにレヴィアスをアキエレへと振り下ろした。
その刃がアキエレの首へと迫った。




