19、アキエレ
レヴィアスの刀身で、大鉈の一撃を払いながらカイデンは冷静に考えていた。
そういえば、結局の所、魔術も何も学ぶことはなかったな、と。
強いていうならば、瞬間移動の便利加減を思い知ったくらいと、魔術師を相手する時にどうすればいいかのきっかけを知った程度にしか過ぎない。馬の鼻を触って、「なるほど、これが馬か」と知った気になるようなものだ。
正確な目的を考えれば、魔術や魔法を学んで自分の戦闘力に活かすことであった。しかし、というのに、結局、この魔術都市ノーヴィアに着いた途端の初日にこの有様である。なんという事か。もはや、明らかな目的外の事である。
大鉈が大きく横凪ぎに振られる。払おうかと思ったが、思ったよりも勢いが強く受け止める形になってしまった。その衝撃に、カイデンは大きく吹き飛ばされてしまったのだが、背中で民家へと叩きつけられてしまった。壁を崩して家へと投げ込まれ、瓦礫の中でゆっくりと立ちあがる。
怯えた表情を見せる住民に対して、カイデンは詫びて、出来た穴から外へと出て行った。
いくつかの家が、同じように石の壁を崩すように穴が空いている。
「随分と壊したな」
大きく、背中の筋を伸ばすように体を伸ばすと、カイデンは呟く
望まずとも出来た距離が、一呼吸、カイデンに休息の時間を手に入れる事が出来た。
それは相手にとっても同じである。
大鉈を地面に立てると、どんと大きな胸を拳で叩く。
「私はぁ! 魔王ビタン様の四天王の一人! アキエレ! お前が勇者と呼ばれる者だな」
「だったら、どうするんですか」
「当然に、ビタン様の為、死んでもらう!」
首から下げている干し肉の塊を千切って、アキエレは口に銜える。そして、口に放り込んでは硬そうな肉を力いっぱいに咀嚼する。角ばって力強さを感じられる顎が、上下に動く。まるで、牛や馬が草を食むように肉が磨り潰されていく。
その様子を見ながら、レヴィアスは、じっとアキエレと名乗ったその戦士を見ていた。
確かに一見すると大柄な女で、異形の様相をしている。が、しかし、その体に纏った気配というのは、かつての魔族のそれではない。言ってしまうと、少し前に自分で始末してしまった、かつての四天王エレンシアと比べると、あまりにも貧相な気配だ。
つまりは、所詮は人。
レヴィアスが出る幕はない。
「そんなに魔王ビタンっていうのは信じたくなるものなんですか」
アキエレに対してカイデンはそう問いかけた。
その声色にはシンプルに疑問の色が多く含まれていた。今の今まで考えていなかったが、こうやって対峙するまで魔王ビタンの元に、いくらほどの有能な人材が集まっているのは、その存在自体がある程度は信用されているという事だ。信頼され、ついていくに値する人ということだ。
どんな存在なのか。
カイデンは知りたくなっていたのもある。
アキエレは、にんまりと歯を見せて口を歪めた。
「なんだ。勇者殿も気になるか。いつでも有能な人材を歓迎するぞ」
大鉈を地面へと突き刺して、アキエレは太い丸太のような腕を広げた。
「ビタン様は、心広く、慈悲深いお方。どのような経歴を持っていても受け入れてくれる」
「へぇ、親を殺されたような人間でもか」
レヴィアスを握りしめるカイデンの力が強まった。
「親を殺された子が、どう生きるかを決めるのは子だ。受け入れてもらおうと思うのならば、経歴は関係ない」
「マジでムカつくな」
カイデンはレヴィアスを水平に構える。剣先はアキエレの喉元へと向かう。
それは明確な敵意であり、アキエレはそうだよなと言わんばかりに頷き、大鉈へと手を伸ばした。
が、その間にカイデンは一挙に間を詰める。
くだらない話だ。
よくよく考えてもみればカイデンからしてみれば、ビタンがいい奴か悪い奴なのかはどうでもいい。
勇者だから、魔王を殺す。
たったそれだけなのだ。
「ちょ、おま」
大鉈へと手を伸ばすアキエレの腕へとカイデンは一撃を振り下ろそうとした。が、それを避けるようにアキエレは腕をひっこめて、その勢いのままにカイデンの顔へと拳を叩きこんだ。しかし、それはあくまで回避の一撃であり、軽い拳だ。
カイデンは顔を殴られたままに、そのままに、体を回転させて刃をアキエレへと迫らせる。
アキエレの髪の毛、一房を切り落とし、カイデンは地面へと倒れこんだ。
が、倒れながらに返す刀で、アキエレの足首へとカイデンは切り込む。
バックステップでアキエレはカイデンとの間に距離をとる。大鉈はまだ地面に刺さったままだ。
「ムカつくな」
「奇遇だな」
折れた鼻をぐいと戻して、カイデンはアキエレに応えた。
口の中に鼻血が入ってきてぺっと吐き出しながらカイデンは考える。
なるほど、確かに強い。四天王と名乗るだけはある。
同じことが、アキエレも考えていた。
勇者と呼ばれるだけあり、戦闘能力の高さというよりも、殺意と攻撃意思の高さ強さに対しては目を見張るものがある。通常であれば顔を殴られれば当然に戦意を失うのが多い。軽い拳であってもだ。しかし、その状況においても二撃入れようと考える戦士としての適性があった。
「レヴィアス。治癒って出来るのか」
「もちろん。なら、後で頼む」
レヴィアスに対してそう頼みながら、カイデンはふうっと息を吐き出した。
「ビタンの四天王ってのも大したことないんだな」
カイデンの言葉にアキエレの中で何かが入った。
明確な挑発である。それを理解できないアキエレではない。
だが、アキエレの中にある大切な物を踏みにじるその言葉に、我慢できるほど、アキエレは冷静な戦士ではなかった。蹂躙に我慢できるほどの穏やかで従順な家畜のような性格はしていなかった。
「殺す」
「出来るなら」
アキエレは先ほどまでと打って変わった動きを見せる。素早く地面に落ちている石や先ほどの戦いの余波で壊れた家屋の瓦礫をさっとつかみ取るとカイデンへと投げつけた。目くらましの気持ちのそれは大鉈を掴むまでの時間稼ぎだ。
石を避けたカイデンは、アキエレが大鉈を掴んだのが見えた。
それを確認してからさっと、カイデンは近くの家屋へと飛び込む。
「待て、このガキ」
アキエレはカイデンを追いかけて家屋へと入り込んでいった。




