18、魔術都市の終わり
爆発音による耳鳴りが頭の中で響きながら、カイデンは体を起こした。爆発の衝撃は、辺りの建物の外壁や屋根などを吹き飛ばしていた。窓格子にはめられていた透明な板も、バラバラに砕け散って地面に落ちている。
何事なのかとあたりを見てみれば、街の象徴でもある学問塔の方から煙が噴き出ていた。煙だけではない。尖塔の一部は大きく穿たれて、崩れているのが見て取れた。石材がガラガラリとさらに落ちていくのを見ながら、カイデンはぐっと体を起こす。
「塔の周りのは一体」
ルビーがそう言ったのを見れば、尖塔の周りに二つ人影がぐるぐると飛び回っている。その人影というのは、時折、ばちばちと光を飛び散らせてぶつかり合うのであった。目をじっとよく凝らしてみれば、それは間違いなく、人である。
そして、一方が、ぐんっとこちらへと弾き飛ばされて、カイデンのすぐそばの建物に激突する。
瓦礫の中からぐっと現れたのは、ホネツキ老人の姿であった。
「お師匠!」
ルビーが近寄ろうとするのを、ホネツキは手で制する。
そして、ちょうどルビーとホネツキの間、中空へともう残り一方の人影が現れた。豪奢な男であるとカイデンは感じ取った。知性を体中に纏っているといっても良い。だが、その顔を見たとき、カイデンはぎょっと身体が固まってしまった。
眼玉だ。
ちょうど、額の辺りに目玉が張り付いている。それは青白い皮膚をもっている柔らかい生物が、額の辺りに張り付いているのだ。その一つ目玉が、ぎょろぎょろりと辺りを伺うようにしているのである。その下に、元々あったのであろう。男の知性を孕んだ瞳が二つある。
「おや、ホネツキの所の小娘ではないですか」
「リウス・アウレリウス……」
そうルビーが呼びながら、杖を手に構えようと体に力を入れる。
が、完全にルビーが杖を構えるよりも早く、リウスの指から光弾が放たれて、ルビーの手に命中する。光弾はルビーの手を命中したと同時に破裂し、完全に破壊した。骨と血肉があたりに飛び散って、驚きの表情を見せながら、苦痛にルビーが膝を折った。
それを見て、カイデンはレヴィアスを構える。
同じように光弾が放たれたが、それをレヴィアスが弾きとばす。
「レヴィアス、あれは」
「シンプルな魔力の塊だ。魔力を単純な塊として、ぶつけてくる。シンプルな分、質が悪い」
また、迫りくる
「痛いじゃないの」
「今までこちらがされてきた痛みよりも、軽いでしょう」
リウスが、口をゆんがりと歪めて、笑みを見せる。
両手を天に掲げて、仰ぎ見る。
その間においても、額にある大きな異形の目玉は辺りをぎょろぎょろりと伺う。
「これは素晴らしい。今までできなかった全てが出来る」
「リウス殿」
いつの間にか瓦礫の中から抜け出してきていたホネツキが声をかける。その足取りは弱々しく、立つのはなんとかできても、激しく動くのは難しいというように体が微かに震えている。しかし、落ち窪んだ眼には、力強い意志の光が宿っていた。
「その力、その瞳、お主が従前持っていたものではない」
「当たり前だろう。老人。俺は力を得たんだ」
「踏み台にのって背丈を測って何の意味があるのかね」
ホネツキの言葉に、リウスの顔が一瞬、怒りに染まる。が、すぐに引いた。
「力を持つと心に余裕が生まれますね。何を言われても気になりません。それに、ほら」
リウスが腕を軽く振った。たったそれだけの動きであるのに、無数の光弾が彼の周りに生まれ、ホネツキへと襲い掛かる。その全てをホネツキは防ごうとしたが、いくつかの光弾は、ホネツキの後ろの瓦礫を破壊し、その破片がホネツキに突き刺さった。
痛みで膝をついたホネツキをリウスが見下ろす。
「実際に、私は勝っている。強さとはこういう事なのだと肌身で理解していますよ。気分がいい」
「今までも気分が良かったろうに」
「まさか、ずっと他の派閥との折衝で、あなたは目の上のなんとやらですよ。そして、そこの小娘がずっと出張ってきて、私の弟子たちを蔑ろにし、私のプライドはどうして保っていられましょうかね。ま、もっとも」
光弾を無数に浮かべて、ちらりとホネツキから視線を外し、ルビーへと向ける。
「もう、この小娘相手に後れを取る事はありません」
「まさか、お前がか?」
「いいえ、私の弟子たちが」
その言葉とともに、中空にいくつもの人影が現れる。魔術による瞬間移動だと、すぐにカイデンでもわかった。先ほど、ルビーが自らに教授しようとしてくれていたそれだ。その人影は、同じようなローブを身に纏い、同じように目玉の怪物を額につけていた。
一人一人が今のリウスのように強い。
そう思うと、カイデンは身が震えた。
「リウス先生、他の有力者たちは皆殺してきました。残るのはこいつらだけです」
「わかった」
弟子の一人とリウスがそう言葉を交わすのを聞き、カイデンはレヴィアスを構えたままに疑問を口にした。
「そうやって、有力者を皆殺しにして何がしたいんだ」
「余所者にはわからないと思いますが、私は、魔術の最高峰を目指したいのです」
「それは殊勝な事だな、すごいね。しかし、ならば。俺とそこのを相手しないとな」
カイデンは不敵に笑って、くいと顎を動かして、リウスたちの視界の外を示した。
リウスたちがつられてそちらへと目線を向ける。
そこは、ちょうど、瓦礫の陰。その陰にルビーが潜んでいた。はじけた腕はすでに治っている。
そして、周りに光弾をまき散らしていた。
「不意打ち上等、先手必勝」
そうルビーがつぶやくと同時に、周囲を漂う光弾が、光の尾を引いてリウスたちへと襲い掛かった。まるで訓練された猟犬のように、目にも止まらぬ速さで鋭角に曲がりながら、迫る。
防ごうと腕を出したその、下をすり抜けるように、光弾は何人かのリウスの弟子の頭を吹き飛ばす。
リウスは払うように後ろに距離をとった。意表を突かれたのは間違いなさそうである。
「仕留めそこなったか」
「残念だったな」
カイデンはレヴィアスを構えたままに、ルビーに声をかける。
一撃で屠れば勝ちは間違いなかった。千載一遇の好機でもあった。
「このまま二人で一緒に叩くか」
カイデンがそう提案したときである。
上空からリウスとカイデン達の間を割るように、一つの肉の塊が落ちてきた。いや、違う。それは四肢を持つ人間である、と理解したとき、カイデンの顔に、その四肢の一つ、右手が迫ってきていた。
張り手の一撃。
それを真正面から受けたカイデンの身体が吹き飛ぶ。拍手を打つような軽い、肉と肉、皮と皮がぶつかったような音であったのに、カイデンの身体を吹き飛ばすのには、十分な威力がその張り手にはあった。
明滅する視界でありながらも、カイデンはなんとか立ちあがる。
「私は魔王ビタンの四天王の一人、勇者だろ、話は聞いている」
その突如現れた人影は、そう名乗り、首から下げている干し肉を銜えて嚙みちぎる。
獣臭いにおいがあたりに立ち込めていた。
「魔王ビタンの敵は、ここで排除させてもらうよ」
「ルビー、そっちは任せた」
カイデンはキーンと耳鳴りのするままに、声を出す。
別にルビーに聞こえていようが構わない。ただ、とりあえず、応援に行けないのだけが伝われば良かった。
「大丈夫だ。私は、この街で誰よりも強い」
瓦礫の中、リウスを見上げながら、ルビーがつぶやくのだった。




